第50回衆議院議員選挙の結果分析―深まる自民の亀裂―
渋谷 一三
469号(2024年11月)所収
1.穏健保守層の自民離れ
石破氏は周知の通り、軍事オタクの右派民族主義者である。この人物が総裁選挙の地方票で一番の人気をとってきたことから、地方の自民党員が右派であることが推察される。
今回の総裁選挙では高市氏が地方票で石破氏を少し上回ったことから、右派保守は安倍派程度の保守に変化していたことが推察される。
石破支持の強右派は、参政党や保守党などに流れて数を減らしたことが分かる。
今回の総裁選挙は右派対強右派の右派内権力争奪戦で、昔の宏池会に代表される平和主義穏健保守層は「蚊帳の外」に置かれた。
思えば、久しぶりに岸田政権にめぐり会えた穏健保守層であったが、官邸に友人を招いて記念写真をとるバカ息子を筆頭秘書にするなどの公私混同の岸田氏に失望し、自民党内に自分達を代表できるような知的な保守を見出すことが出来なくなっていた。
この『穏健保守層』が今回の選挙で、棄権に回ったり、立民右派の野田立民党や旧民社の流れをくむ中小資本家層(プチブル層)を代表する国民民主党に流れたりしたと推測できる。
自民党は穏健保守層を取り込むことができない政党になりつつあるのだ。
2.やはり大幅に議席を減らした維新
大阪の全選挙区で維新は当選した。これだけで4議席増である。
この4議席は、都構想への協力と引き換えに、公明に4選挙区を明け渡していた分を取り返した結果にすぎない。
さらに政党を転々としている前原氏が滋賀のもう一人と維新に加入したためにもう2議席が増えた。計6議席増である。
ところが維新は3議席減らしている。ハプニング的に増えた6議席を考慮すると、9議席を減らしたことになる。
5分の1議席を減らしたのだから大敗と言ってよいのだが、馬場代表はそういった危機感すら持っていない。詳しくは前々号「消滅する維新」にあるが、下層を代表する感性を持っていない人たちで作る政党になり下がってしまったための必然的敗北である。
大阪の全小選挙区で当選したのは、自民に代わって中小資本を利権構造に取りこんでしまっているからに過ぎない。この行き着く先が大赤字と大惨事を内包した万博の土建業利権、カジノ賭博の開設といった腐敗政治である。
3.年金受給層に焦点をあてて見た選挙結果分析
年金受給層の中で大企業の高給を取っていた人々や大企業で共稼ぎをしていた人々、さらに共稼ぎをしていた公務員などが、一世帯月々40万〜50万円を受給している。
もちろんこうした階層は全労働者の数%程度しかいないが、こうした恵まれた高齢者
の大半は自民党支持者である。だから、自公政権は高額年金受給者の給付上限を設定してこなかった。
その結果、高額年金受給者は暇があることもあいまって、町を出歩き、観光地に出没する。目立つのである。
しかし、@大半の年金受給者は年金だけでは食べて行けない水準にあり、生死の狭間に多くの人々がいる。そこにこの異常な物価高騰である。かつて創価学会を支えていた貧困層が音を上げ、公明党から離れた人々も少なくない。これが、公明党の大敗北の主因と推察される。
公明党も4分の1もの議席を減らし、32議席の第4党から24議席の第5党へと転落した。ロボットのように従順に執行部が言う候補に投票してきた人々が、言うことをきかなくなるという反乱を起こした。それほどに貧困層の生活は困窮している。宗教の力をもってしての縛りもきかない地殻変動が起きているのだが、公明党は選挙結果を見てもそうと気づくことが出来ていない。
歪んだ形であれ下層の一定の利害を代表してきた創価学会・公明党であったが、今日、その役割を果たせなくなり始めた。
一方、A目立つ、一部に過ぎない高額年金受給者をあげつらい、「高齢者が多く、この人たちが熱心に投票に行くから若者は貧しいのだ」として、敵を高齢者に設定し若者の票を奪い取ることに成功した政党もある。
高齢者となった団塊の世代は貧しい若者時代を送りつつ親の老後をみてきたのである。今の若者が親の老後を心配しないですむとすれば、それは曲がりなりにも年金制度が機能しているからだ。年金制度は決して若者に負担をかける壁ではない。
年金制度が若者の敵ではなく、かつ世代間扶養方式が少子化によって不可能になっているのが現実であることを理解していくならば、騙されて投票していた若者は、次回選挙にはもう投票することはない。
他方、B大多数の年金だけでは飢餓ラインの年金受給者層は、どういう投票行動をしたのか。
多くを現実主義的にあきらめてくるしかなかった層は、下層であればあるほどとうに自民党を離れ維新支持層になっていた。それが今回はもう少しだけ上の層を加えて新たな「穏健保守層」として自民を離れ、国民民主党、「れいわ」、立民へと分散していった。
年金制度の改革の方向性を示せている党はないのである。
4.国民民主党の躍進の根拠
国民民主党は議席を4倍に増やした。大躍進である。7議席にまで細った結果、打ち出す政策がシンプルになり、意志決定もスムースになった結果であろう。
ごった煮の「あれもこれも、言うだけならだれでも言う」ばらまき型政策の羅列を止め、この4年間に絶対にやる政策として、かつ、実現可能な政策を打ち出したことが根本的な勝因である。
配偶者控除や扶養控除の年収制限のかべを、現行の103万円から178万に上げる。このことで、年末の繁忙期を尻目に10月から11月で働くのを止めてしまう主婦層のパート労働者とその配偶者や学生アルバイトとその親の手取りは確かにはっきりと増える。
働き留めをしなくて良くなるからだ。
このことは、パート労働者やアルバイトと称されるパート労働者に大きく依存するしかない中小零細業者にとっても大朗報である。この層は旧民社党支持層と階層的には同じである。この層が国民民主党に投票することになったのはうなづける。
同じ理由でガソリン税のトリガ―条項を撤廃してガソリン使用者に公平に負担減を実現する政策も圧倒的に支持される。ガソリンメイカ―に補助金を出す“中間搾取”が可能な不透明で行政に負担をかける補助金政策より優れておりかつ恒久的方法である。
確かに「手取りは増え」る。
輸送業者のみならず、自家用車使用層にも歓迎される。さらに輸送費が安くなることによりメリットを得る人々は広範に及ぶ。
こうした階層が国民民主党に投票したことは想像に難くない。
実現するかどうか分からない消費税撤廃よりも一歩現実味があるのである。
「れいわ」のように真剣に消費税撤廃を言っている党はまだしも許せるが、共産党のように既にお題目になってしまった政党の言う「消費税廃止」など、実現可能性を全く感じることができない。
国民民主党は時限で5%に下げる案を提示した。このことも、現実主義的に感じられ安心感をもたらしたと考えられる。