金正恩の「非核化」は本当か
渋谷 一三
426号(2018年8月)所収
<はじめに>
金正恩が「朝鮮半島の非核化」をはっきりと口にしたことによって、もしかすると本気で核とミサイルを廃棄する気になったのではないかと思い始めた部分が現れ始めた。
ピョンチャン・オリンピックが終わった直後には、金正恩政権が核を手放すはずがないと誰しもが言っていた。が、米朝トップ会談が俎上に上り、金正恩が中国との関係改善に動き2度も電撃的訪中をして、北朝鮮の後ろ盾になってもらうという「屈辱的属国外交」を再開するに及んで、もしや米国のピンポイント・テロを懼れて、この回避のためには核を放棄することすらも最悪の選択肢として決断したのかと推測する部分が現れた。
はたして、そうだろうか。
確かに、金政権は想像以上に階級独裁政権ではなく、ほとんど王朝である。金正恩個人の生存が最優先され、金正恩が殺害されれば報復にミサイルを日本の原発に撃ち込む主体としての特権階級が、中国とは違って階級として形成されていなかったようだ。
また、金正恩個人も自分の命が全てで、これを犠牲にしてでも実現したい階級的目標がある人物でもなかった。
そうすると、トマホークやドローンを駆使した殺戮テロに恐怖した可能性は十分にある。これが、金正恩をして交渉のテーブルに着かせたとする推測は十分にあり得る。
だが、それと同じ程度で、核を保有したことの当然の帰結として、既定方針どおりの交渉のテーブルを開始したとする推測も十分に成り立つ。
1.トランプ政権の2期目はありうるのか。
先の下院補欠選挙では、共和党の地盤で民主党候補が勝利した。
この傾向に大きな変化はなく、米国中間選挙は民主党が勝利し、トランプ政権が死に体政権になる可能性が高い。
よしんば、共和党の過半数がかろうじて保持されたとしても、残り2年。この残り2年のうちの後半1年は実質的に次の大統領を選ぶ予備選の連続で、歴代政権がこの時期には死に体になる。
トランプ政権の2期目があれば、この時期は死に体にならずにすむが、9割がたトランプの再選はない。
すると、トランプ政権は実質あと1年しか任期がない。双方が真剣に核廃絶を模索したところで、1年で核廃絶が完了することはありえない。金正恩はこれを見越して『真剣に朝鮮半島の非核化を追求する』シナリオを描いた可能性は十分にある。
北が核を廃棄することを確認させる前提には、韓国の全基地の北による査察(南の核撤去の履行確認)が必要である。南の核は、ただ単に撤去しただけではすぐに再配備が可能であることから、不可逆的撤去の方法を巡って交渉は難航するだろう。さらに、原子力空母が朝鮮半島に接近していないことをどのように確認するというのだろうか?
このように、「朝鮮半島の非核化」は、真剣に追求したところで難題だらけで、とても1年や2年でけりのつく話ではない。
トランプ政権の2期目がない限り、「朝鮮半島の非核化」は、北の核開発の一旦の停止だけを意味し、北の核放棄・ミサイル放棄を意味しない。
2.経済制裁は中国が離脱すれば無力化する。
安倍晋三は、日本の提案(懇願)により、米国の対北経済制裁が本格化した「圧力路線」により金正恩政権の軟化が勝ちとられたかのように喧伝しているが、実際は、これはトランプ大統領の功績である。トランプ氏が対中貿易で便宜をはかることを餌に、対北経済制裁に中国を引き入れたのである。
中国が北制裁の誘いに乗ったのは、金正恩による親中派張成沢処刑があったからである。それゆえ、金正恩はまず訪中し、中国属国路線への回帰をなんやかんやと言い訳をしながら表明し、習近平の歓心をかった。これによって中国の後ろ盾を得れば、北にとっては殆ど全てに近い中国との貿易が再開される。
金正恩は、早くも、経済制裁の無力化を勝ち取ったのである。
(p.s. トランプが仕掛けた米中貿易戦争により、北への経済制裁は完全に形骸化した。 )
2018年5月
5月の世論調査で8割の日本人が、金正恩の非核化はウソだと思っているということが分かり、北の非核化はありえないことを論証することに主眼をおいた本稿に積極的意味はないと考え、原稿を没にしていました。
しかし、8月の今日、非核化はあり得ず、経済制裁は完全に形骸化し拉致被害者の送還は無策となったまま安倍の総裁再選へとニュース操作が行われ始め、本稿を発表して、これを前提に、結局何もなかったかのように、北朝鮮の核保有が既成事実化されていく今日の「朝鮮半島の非核化」の分析を次稿で行いたい。