3月4日 イタリア総選挙と社民主義政党の欧州での後退
―「難民受け入れ拒否」は反進歩的なのか―
渋谷 一三
422号(2018年3月)所収
<はじめに>
イタリア総選挙の結果、政権与党だった『中道左派連合』が第3勢力に後退し、「同盟」「フォルツァ・イタリア」などの<反EU><反移民>を掲げる『中道右派連合』が第1勢力に進出した。
僅差の第2勢力には『ポピュリスト政党』とレッテル張りされている「五つ星運動」が進出した。この政党は前回総選挙後から急速に政治舞台に登場した。
米国大統領選挙では惜しくも民主党の候補になれなかったサンダース上院議員が社会民主主義者を自称し、急速に政治舞台に登場していたので、世界的に社民主義が衰退したとは言えない。しかし、欧州では、英国保守党の勝利、仏国民戦線の躍進、オーストリア首相選挙での『極右政党』とレッテル張りされた自由党のノルベルト・ホーファー氏大健闘(約3万票差での落選)、オランダでの『極右政党』の躍進など、社民主義政党の衰退と反EU・反移民を掲げる政党の躍進という現象がはっきりした。
欧州での社民主義の衰退の物的根拠は何なのか。
本稿では、『極右政党』『ポピュリスト』『中道左派』『中道右派』などの<区分け>ないしレッテル張りを排して、社民主義が何に回答することを求められ、それへの回答に失敗しているのかを探る。
新ネオ・ファシズムとも言うべき『極右政党』は欧州と日本に特有の現象のように見えるが、米国におけるトランプ現象(一見の保護主義)、英国のEU離脱、カタルーニャやスコットランド、バスク地方の独立運動という一見の細分化現象と同一の根拠に根差す現象である。
1. 欧州の『極右政党』の躍進の根拠は何か。
欧州の『極右政党』に共通する政策は<反EU>と<移民排除>である。
このうち<移民排除>については、今までの安価な労働力を供給させるための旧植民地からの移民「受け入れ」とは一線を画し、米国のアサド政権転覆策動の結果生じた大量のシリア難民の受け入れを巡って、急速に支持を拡大していることに注意を払う必要がある。
旧来の「移民」は資本家階級が安価な労働力を求めて旧植民地から生み出させてきた「移民」である。この資本家階級の利害と帝国主義本国の労働者上層階級の利害が対立し、この利害の対立の緩和のために、労働者上層部に物的根拠を持つ労働組合の利害を反映させる社民主義が欧州で蔓延した。
社民主義が上記の経済構造を反映した上部構造であることを承認するなら、シリア難民は明らかに「安価な労働力の供給」とは無縁の、社会保障費を食い散らかし、帝国主義本国の下層労働者の社会的手当てを食いつぶし、直接的にこれら労働者と利害が対立する「難民」である。
これは、すでに「移民」として旧帝国主義本国の下層労働者として組み込まれてきた移民と直接敵対する。シリア難民は下層労働者たる「移民」の職をも奪う直接の敵対者なのである。
かくして、労働者下層部ははっきりとした難民排除の意志を持つ。これが、かつてのブロック経済下での排外主義として現れたファシズムとよく似た現象をもたらしている根拠である。
社民主義政党は労働者上層部の利害を反映しているため、労働者下層部は自らの利害を反映する政党を持ち得なかった。しかし、資本のグローバル化に伴って、欧州では労働者下層はすでに労働者上層部より大量になっていた。この部分が難民排除と結びつくことによって『極右政党』に自らの利害の代表を見出す以外になかった。であるがゆえに、『極右政党』の側も労働者下層部の利害を表現するように自らの「体質」を変革することを迫られた。フランスの国民戦線の躍進には、労働者下層の利害を反映する政党に「脱皮」することを志向した娘ルペン氏参謀と旧来のファシズム政党の「体質」を温存させたままの親ルペン党首との闘争があり、親ルペンの引退により、国民戦線が急速に現在の利害に根拠を持つ現代の政党に脱皮出来たことがその大躍進の根拠であった。
『極右政党』とレッテル張りをするのは、マスコミなどのブルジョア・プチブルジョアが、<労働者下層の利害を代表する政党>の登場という現実の進行を理解出来ていないことを反映しているにすぎない。この点で、『極右政党』という呼称はレッテル張りにすぎず、事態の理解の妨げにしかならないことが明白である。
そもそも右だの左だのという呼称は何の意味も持たなくなっている。
仏革命におけるジャコバン党に比喩出来るような現実はとうの昔に無くなっている。
2. 日本に欧州『極右政党』に類似した「維新の会」が成立した根拠は何か。
日本は欧州のように旧植民地から安価な労働力を供給させるという道をとらなかった。
これは欧州以上に排他的な民族主義者が支配階級になっていたこととともに、旧植民地への適切な対応ないし懐柔策を取ってこなかったことにより、日本に就労機会を求める「移民」を作り出すことができなかったことにもよる。
だが、何よりのそもそも「産めよ。増やせよ。」政策によって、そもそも過剰だった労働力をさらにひどく過剰にしてしまったこと、最大の敗戦国として安価な労働力には事欠かなかったことが大きい。
この事が、欧州における民族問題の衣がまとわりついた労働者下層との政治的表現の違いを生み出している。
欧州では下層労働者は「先着移民」が担っており、旧宗主国の民族への反感が付随している。この反感を取りこむためには、旧宗主国民族への反感をそれより上位のものへの反感へと組織する必要がある。これが、欧州の新・ネオ(新)ファシズム政党が<反EU>を掲げる根拠である。EUは旧宗主国国家の上位に来るものであり、かつ絶妙に都合よく、ライバル(敵対者)であるシリア難民の受け入れを主張しているのだから反EUを掲げることで二つの目的を同時にかなえることが出来る。
これに対し、日本では民族問題の衣はないので、下層の上層への反感を組織するだけでよい。これが、維新の会の公務員(労働者上層である)攻撃の本質である。都合のよいことに、公務員を攻撃することは行政改革という美しい衣で着飾させることができる。都構想などというさらなる二重行政を掲げて、二重行政の解消などと人を食ったことを平気で言っていられるお気楽さも、旧植民地から移民という形で下層労働者を供給させたのではなかったからである。
ただし、これも東南アジアからの「研修生」や「出稼ぎ労働者」、ブラジルからの「日系労働者」などの外国人労働者が急速に増大している今日、このお気楽さではかつての勢いを取り戻すことはできない。
3.トランプ現象の根拠もまた同一である。
米国においてはサンダース候補の善戦をはじめ、社会民主主義運動が復権されつつある。これは一見欧州と逆の現象である。
マッカーシー旋風が吹き荒れた後、米国にはジョー・ヒルなどの社会主義者がいた歴史すら隠蔽され、社会主義・共産主義という言葉自体を口にすることが憚られ、社会民主主義を言うことすら非国民扱いされてきた米国の歴史の中で、なぜか急速に社会主義運動の復権がなされてきている。
この根拠は何なのか。
米国の変化と言えば、後発の帝国主義国家が第2次帝国主義間戦争の過程で双方とも甚大なダメージを受けた中で、モンロー主義を取っていたおかげでほぼ無傷の唯一の帝国主義国家となり、このことによって突出した「戦勝国」になり、軍事的にも政治的にも経済的にも資本主義世界で優越的地位を得てきた。
これが、ソ連邦・東欧の崩壊により資本のグローバル化がより進展し、このことが皮肉にも日本やドイツ(EU)などの資本のグローバル化にも寄与することで、米国の経済的地位が相対的に低下し、この反映として米国民であるだけで経済的繁栄を享受できた時代が終わった。米国内の階級格差は甚大なものとなり、非白人に任せておけばよかった労働者下層が、白人にも及ぶようになった。
この米国の変化によって、破壊された中間層の中から生み出された新・労働者下層の層が分厚くなり、これが「アメリカの利益を第1にする」トランプ現象を生んだ。
米国はすでに世界経済の中での特権的地位を失いつつある。この現状で、世界経済の発展の為にある種の対価を払う位置にいることに違和感を覚えるのは当然のことであり、この現状を素直に認めて表現すれば、米国の利害を第1に考えようとするのは自然なことである。
この期に及んで世界の金融経済を牛耳っている東部エスタブリッシュメントと言われるとんでもない富裕層の利害に操られている民主党の歴代大統領やヒラリー候補の旧態依然の「世界の警察官」的米国の政策の漫然とした踏襲には、新しく生み出された労働者下層のみならず、労働者上層の一部もうんざりしていた。現実を反映していない民主党にはうんざりしていたのである。
したがって、トランプに反対してきたし、しているのは、サンダース候補などを支持してきた民主党内リアリストであり、ヒラリーなどの支持者ではない。ヒラリー支持者は現実の変化に気づくことが出来なかった「なんとなく進歩主義」者である。
米国における社会民主主義の復権とトランプ候補の地滑り的勝利もまた、資本のグローバル化の進展によって、ごくごく少数の者の手に世界の富が握られることになった現実の反映であり、このことによって生み出された大量の労働者下層の利害の表出現象なのである。
4. スコットランド独立運動やカタルーニャ独立運動の盛り上がりの根拠とは。
スコットランド、カタルーニャ、バスク、北アイルランド等の欧州の少数民族の独立運動の背景には、基本的に民族問題が横たわっている。
いずれも、相対的に大きな民族に抑圧され支配を受けてきた歴史を抱えている。
それが、ここにきて「住民投票」によって独立志向を鮮明にしたり、独立を宣言したりするなど、盛り上がりを見せている。
かつては北アイルランドの英国の支配からの解放=アイルランドへの復帰統合という意志を実現するためには、苛烈な武装闘争を必要とした。バスク民族に至っても同様であった。
しかし、今、「住民投票」と結合した政治闘争によって、多大な命の犠牲を伴う武装闘争を必ずしも必要とせずに独立を達成できる情勢が整ってきている。
スコットランドは、独立賛成派が過半数を制していたならば独立を達成することが出来たであろう。独立賛成派が過半数に僅かに及ばなかったのは、独立と引き換えに甘受しなければならないであろう経済の相対的窮乏化への解決策を提示出来なかったことによる。受忍できる程度の経済的不利益だと措定することが出来たならば、いつでもスコットランドはイングランド王国の支配からの独立を達成するだろう。
カタルーニャもしかり。EUがカタルーニャの独立を承認すればおぼつかないながらも独立できた可能性はある。だが、EUは加盟国たるスペインの「内政干渉」になることから、決してカタルーニャの独立宣言を認めたり支援したりすることはない。エスパーニャ支配からの解放のためには武力闘争が不可欠かもしれない。
だが、兎にも角にも『国民投票による独立』という方式が現実味を獲得した背景の構造の変化はEUという<半グローバル「国家」>の成立による。
EU内において、労働者の移動は無制限に「自由」となった。
実際に「自由に」移動するのはほとんどが労働者下層であり、労働者下層は文字通り「祖国を持たない」存在となりつつある。
であるがゆえに、英国は大量に流入する労働者下層によって過剰な下層労働者を抱えることになり、これが、英国がEUから離脱する経済的基礎となった。
労働者下層がEU内を「自由」に移動できるようになったことにより、抑圧民族が被抑圧民族を下層階級として獲得する必要性を失わせた。被抑圧民族が、EUより自らを下位においた抑圧民族という概念的存在と大差のない「独立」を達成したとしても、抑圧民族と同等の、EUより下位の、民族という存在という抽象的位置を達成するだけである。実体経済への影響はごく僅かであり、「独立」を「承認」することは、そう大したことではなくなってきている。