破綻した米国のアラブ支配戦略
「アラブの春」策動の結果としてのシリア難民
渋谷 一三
402号(2015年11月)所収
<はじめに>
11月13日の金曜日、パリで無辜の市民129人が殺害された。哀悼する。
フランスへの報復活動を担った特攻隊員7名も死亡した。
「有志連合諸国」のマスコミはこの事態をテロだとして、騒ぎ立てている。これまでに空爆その他の攻撃によって殺された無辜のイラク・シリア市民は数十万人にも上っているのに、一度もこんなに騒ぎ立てたことはない。
マスコミはたまに「誤爆」だと報道して、「イスラム国」側の被害映像への言い訳をする。だが、実は「誤爆」などではない。空爆することによって必ず巻き添えにされて殺される市民は、ターゲットの数十倍に上る。空爆するたびに、今回のパリの犠牲者と同等のイラクやシリアの市民が殺されている。
オランドは報復と称して空前の規模の空爆を即日行った。おそらく千人規模の市民が巻き添えになって殺されたであろう。
米国は翌日、原油を輸送しているトラック116台を爆撃した。非戦闘員の運転手が少なくとも116人殺害されたのは間違いない。米国は、資金源を断つためにやむなく踏み切ったとウソをついて殺戮を正当化しようとしている。だが、原油輸出によるISへの資金供給を本気で断とうと思っているのならば、採掘施設を破壊してしまえばいいのだ。
再度ISから石油採掘施設を奪還することを夢見て、その時のために、採掘施設への空爆をしないだけのことだ。このために、輸送車両の運転手を殺す方法を選んでいるだけのことである。
パリの犠牲者を悼む人々は、それと同じ憤りをもってイラクやシリアの犠牲者を悼むべきである。
1. 「アラブの春」は米国によるアラブ諸国の政権転覆策動だった。
このことは、本稿で何度も指摘してきたことである。
リビアの反米カダフィ政権を転覆し、カダフィ氏を暗殺するために、用意周到、隣国のチュニジアから「アラブの春」を始め、チュニジアを空爆および陸軍の出撃拠点として確保した。
この段階で既に無辜のチュニジア市民が多数死んでいる。
続いてリビア。カダフィ氏を暗殺することに成功したが、この戦闘で正当な防衛戦争で死んだ戦闘員も、無辜の市民とともに米国のアラブ世界支配のために殺害された犠牲者たちである。
続いてエジプト。ある青年の登場で、本当の民主化運動に発展してしまい、普通選挙で同胞団の大統領が誕生してしまった。米国の思惑から外れてしまったエジプトの事態収拾のため、打倒された腐敗と汚職まみれの軍事独裁政権を復活させ、民主的選挙で選ばれた大統領を収監してしまった。
この民主化運動弾圧策動によって、殺害された市民もまた、米国に殺された無辜の市民である。
そしてシリア。反米のアサド政権を倒すため、米国は「自由シリア軍」なるものを結成させ資金も武器も援助して内戦に持ち込んだ。この「内戦」で死んだ戦闘員ならびに市民もまた米国の策動による犠牲者である。
そして、大量の「難民」。アサド政権を倒そうとする米国の軍事行動によって発生したのである。難民の全ては、米国が受け入れなければならない。
なのに、日本でも受け入れるべきではないかなどと、エセ人道主義者が小声でささやきだした。とんでもない。
米国のアラブ世界支配体制の確立のために、かくもたくさんの人民が殺害され、苦難を強いられ、難民として漂流させられてしまったのである。
パリでの特攻攻撃は、弱者の強者への報復である。
それはISの犯罪性とは相対的に無関係な、米・仏などによる殺害への報復であることを理解しなければならない。
2. 空爆連合から離脱したカナダの勇気
オランドはヒステリックに戦争だと叫び報復を煽動している。
9・11の後のブッシュよろしく、オランドはフランス国民を「テロ」のターゲットにし続ける道を突き進んでいる。
フランスが空爆をすれば、報復「テロ」は必然である。
空爆で肉親を失った人々は、進んで特攻隊員になる。腐敗した指導部ですら高貴な戦士を手に入れることができるのである。
この馬鹿げた連鎖を断ち切るために、空爆を止めるということは大変に勇気のいることである。非国民バッシングの嵐が容易に巻き起こるからである。
11月18日、パリで再び銃撃戦が起き、女性が自爆した。当たり前のように、次から次へと自爆できる人々が生み出されている。