共産主義者同盟(火花)

化学兵器を巡る米国の茶番

渋谷 一三
382号(2013年10月)所収


<はじめに>

 アラブの春なる壮大なアラブ世界の政権転覆戦略を実行した米国はリビアのカダフィ「大佐」殺害によってシリアの政権転覆活動に失敗した。
 当初簡単に済むはずだった自由シリア軍(外国人傭兵がその主体)創設による政権転覆はシリア政府の内戦を覚悟した抵抗によって挫折した。泥沼に入った米国は、イラクにおける「大量破壊兵器」と同じ策略しか考えられず、シリアが化学兵器を使用したと難癖をつけ一気に直接軍事介入をする道を選択した。ちょうど、リビアで「自由リビア軍」を使いNATO軍の直接軍事介入でリビア政府軍を壊滅させカダフィ氏を私刑に処したように。
 オバマは、容易く、シリアが化学兵器を使用したと信じ込まされ、米国による直接軍事介入に踏み切る決意をした。
 米国式中華思想に染まってイラク侵攻に95%が賛成したといわれる米国国民も、今回はさすがにやや躊躇し、米国共和党の狭い利害からするオバマへの反対もあって、議会の承認は難しい情勢になった。
 そもそも大統領権限でミサイルを撃ち込むこともできるのに、議会の承認を得ようとしたことに見て取れるように、オバマの「敗北」は予見されていたともいえる。
 こうした情勢を背景に、ロシアはシリアの化学兵器を廃棄するという収拾案を提示した。引っ込みのつかなくなったオバマ大統領には救いの一手であり、にもなくオバマは飛びついた。
 シリア政府が化学兵器を使用したような印象が残る欠点のある収拾案である。また、米国にもロシアにも大量に保管されている化学兵器は廃棄の対象どころか国際監視団の管理下に置かれることもないことを問うこともないという欠点がある。
 だが、トマホークをめちゃくちゃに打ち込むことによって失われる避難すら出来ない無辜の民の命が米国の野蛮な手から救われたことは良いことである。
 尖閣諸島を中国から守ってほしい安倍は、自衛隊の軍事力だけでは核武装した中国の軍事力にかなわないことを理解したリアリズムから、米国への追随を決め込み、シリアへの爆撃を支持した。中東で日本が得てきた信頼を一気に失うというリアリズムは欠如したまま。

1. 人道に反する核爆弾を投下し、反省すらしていない米国の戦争犯罪は米国への無差別爆撃によって贖われるべきなのか。

 オバマは一般市民や子どもを殺した化学兵器は断じて許されるべきではないという。よし。ならば米国の化学兵器を全て廃棄すべきである。化学兵器は廃棄したところですぐに作れる「貧者の兵器」である。すぐに作れるのだから、廃棄するぐらいのパフォーマンスはすぐにでもすべきである。
 米国はイラクでもリビアでも「一般市民や子ども」を殺してきた。許されざる戦争犯罪なのだから、ワシントンにトマホークを150発ほど撃ち込むのがよろしい。米国大統領なのだから簡単に出来るでしょう。
 核兵器という人道に反する無差別大量殺りく兵器を2度も使った米国は国際法廷で裁かれる日がいつか必ず来る。原爆投下は自国兵士の死者を減らす効果があったと強弁し、人道に反する兵器使用を合理化している米国は、オバマのように発言する資格はない。
 オバマと米国は論理破綻している。

2. 米国はシリア政府が化学兵器を使ったという証拠を開示する義務がある。あるいは「自由シリア軍」に使わせたと懺悔する道もある。

 「自由シリア軍」によるアサド政権転覆活動開始以来1年以上が過ぎた。
 この間に、政権側の実効支配地域はレバノンに隣接する地域に狭まり、イラク・トルコに接する地域はクルド人勢力の実効支配する地域となり、アレッポを中心としたトルコやイラクを補給線とする地域に「自由シリア軍」、その南に回廊状にアルカイダ系と言われる諸武装組織が実効支配する地域が生まれているようだ。
 極めて狭い地域を実効支配する政府軍側は、それでも圧倒的軍事力の優位を保っており、制空権は独占的に掌握している。無差別殺戮をするしかない化学兵器を政府軍が使う根拠は少なく、米国がベトナムで行ったようなゲリラを支持している村を丸ごと殺戮するような侵略軍にしかできないような作戦を採る必要性も感じられない。自由シリア軍支配地域が住民の支持を得ている「ゲリラ村」であるならば、難民として何万人もの人々がレバノンに逃れることもない。
 要するに米国の言っていることに説得力はない。
 ならば、証拠を開示する以外に米国の言い分を信用させる手立てはないが、米国は証拠を開示できないでいる。「証拠」などない。開示したところで、情報入手ルートが特定されCIAの活動に不利をきたすなどの事情などないのだから。
 逆に、状況証拠としては、自由シリア軍が「貧者の武器」として使ったか、武器庫を奪取する過程で誤って化学兵器を爆破流失させてしまったなどの可能性を高く感じる。
 いずれにせよ、第1次対イラク戦争における油まみれの鳥や第2次対イラク戦争時における核兵器の存在などのウソや仕掛けを平然としてきた米国は、証拠なるものを明らかにする義務がある。

3.ロシア調停案を巡る事情

 シリアが化学兵器査察というロシアの調停案に比較的簡単に乗ったのは、化学兵器に依存する必要がないことによろう。アサド政権に意地悪く解釈しても、化学兵器は何時でもどこでもすぐに作れるのだから、廃棄には応じるはずである。慎重になるのは、軍事施設を衛星写真だけではなく、実際の保管してある武器の種類と個数まで米国に推定されてしまうことのみである。
 かくして首都への爆撃を回避し、仮に自分たちを守るという動機からであっても、結果として無辜の民を米国の爆撃から守るという選択をしたのは、全く正しい選択だった。
 他方、オバマ大統領にとっても振り上げてしまったものの、下ろすことができなくなった拳を下ろす恰好の口実が出来た。
 かくして、大した意味を持たない化学兵器の査察と廃棄が実行されることとなり、空爆が回避されはした。
 ロシアはイラクでの失敗を繰り返さずに済んだ。関係が薄かったゆえに失地としてしまったリビアでの失態から何とか学ぶことが出来、アラブ世界で保持してした影響力をこれ以上失うことがないように出来た。
 ロシアは必死でアサド政権を守るだろう。イラクでの失敗、チュニジアやリビアなど関係の薄かったアラブ諸国でも失敗を繰り返すことはないだろう。
 このことは米国の「アラブ転覆活動」の挫折を意味する。
 尤も、米国の「アラブの春」作戦はすでに挫折している。エジプトでの流血事態。民主化を否定する再クーデターの発動。無政府化して治安維持機能がなくなったリビア。リビアでは10月10日、傀儡政府の首相が傀儡政権を作った武装集団の一派「リビア革命作戦司令室」に拉致され解放されるという事態が起きている。米国がリビアでアルカイダ系幹部の逮捕作戦を「リビアの国家主権を無視して」敢行することを承認していたジダン首相を「国家治安法に基づいて逮捕」したものだという。
 カダフィ政権を転覆させるために急ごしらえで作らせた武装集団個々の統率すら出来ていないのである。あるいは、一連の米国の反アラブ策動によって、反アラブ策動を実践的に担った部分が、反米のアルカイダに接近し人材を供給しているという逆説的事態を生んでいる可能性がある。
 ことほど左様に、米国はアラブ世界・イスラム世界を滅茶苦茶にし、反米戦線を構築して行っている。
 イラクの治安も回復しているわけではない。アフガニスタンの政権は早晩タリバンが奪還するだろう。
 米国はアラブ世界・イスラム世界をぐちゃぐちゃにしてしまった。収拾の付けようにすら困ってしまって、どこから手をつけたよいのかすら分からなくなっている。結果、エジプトは放置され、また軍部による集会参加者の虐殺が行われるであろう。シリアも放置するしかなくなっている。シリアを巡っては、収拾策が思いつかないがゆえに軍事介入をして一気に決着を図ろうとする戦略と「自由シリア軍」を見捨ててアサド政権およびロシアとの緊張緩和を図ろうとする戦略との間を揺れ動いている。
 いずれにせよ、世界は米国がぐちゃぐちゃにして投げ出してしまったイスラム世界の再構築を迫られてしまった。
 再構築は米国が各地でせっせと作っている反米武装組織によって、混乱と混沌の長い過程の後に獲得される以外にはない。
 日本人民は、こうした事の本質を理解し、間違っても安倍政権のように米国に追随してシリア爆撃を支持するなどの反アラブ・反イスラム策動に協力することのないようにしなければならない。また、安倍政権のように「自由シリア軍」などの米国の傀儡武装組織を支持したり、これに援助させてしまったりすることのないように、政策反対闘争もしっかり行うべきである。




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