劣悪ゆえに世界化する米国標準
渋谷 一三
382号(2013年10月)所収
<はじめに>
安倍政権は「国家戦略特区」構想なるものを持ち出し、『解雇特区』とも『ブラック企業特区』とも揶揄される企業特区を作ろうとしている。簡単にいうなら米国流労使関係を「特区」として実験し、やがて全国をこの特区と同様にしてしまおうという戦略である。
例によって労働者上層部への敵意を煽動し、その実、資本家に都合のよい政策を通して行く反労働者的ファシスト橋下徹代表は、すぐさま賛意を表明している。
本稿では、この「国家戦略特区」構想が如何に労働者階級を疲弊させ、資本家を肥え太らせるだけの米国流資本主義であるかを分析暴露するとともに、ファシズムが果たす役割を暴露していく。
1. 解雇の自由化は高額の収入をもたらすというウソ
資本家が解雇を自由に行うことが出来れば、例えば中国に進出することを戦略としていた企業が中国リスクに耐えかねてインドに進出するように方針転換したとすると、中国語堪能スタッフを解雇し英語堪能スタッフに変えることが出来、最早無駄となった中国語堪能スタッフを雇い続ける無駄を省くことができるから、企業が活性化し、外国企業との競争力を獲得出来るし、外国企業が日本に進出しやすい。だから、万々歳だというのだ。
順番に考えてみよう。
中国語堪能スタッフを解雇できれば企業の効率が増すというウソ。
現在は現地の日本語堪能スタッフを雇い入れたり、現地子会社の社員として雇ったりしており、すでに実質的に解雇自由なのである。だから、こうした事例を挙げてまことしやかに説明しているのは、日本の労働市場にこのルールを持ちこもうとする真の狙いを隠すためであることが分かる。
次に外国企業が日本に進出しやすいという説明。これは本当のことである。だからこそ日本の労働者階級にとっては労働条件の悪化を意味する。外国企業が日本に進出してくるということは「日本の国益」上はマイナスである。この企業が進出した分、従来あった日本の企業が倒産するということである。となれば日本企業は必死で労働条件を悪化させ進出してこようとする外国企業に対抗する以外にはない。従来の雇用関係はずたずたになり、「進出してこようとする外国企業」=米国企業と同様の雇用関係になる。すなわち米国標準のグローバル化である。
2. 年金もない健康保険もない早死にの米国労働者に対抗するには、日本の労働者も同様の水準に下げなければならないのか
日本の高齢者が65歳平均で死んでくれたら、年金問題は一発で解決する。
60歳支給開始にしたところで、現行の月7万円程度から3倍の21万円程度支給したところで、たった5年間支給すればよいのだから、十分に可能である。消費税の増額など全く必要ないどころか、消費税を廃止できる。
ところが、米国では、この年金すらないのだから、労働者の負担した掛け金分の賃金を減らすことが出来る上、企業が負担している同額の掛け金も減らすことが出来る。米国企業はこんなにもお気楽なのである。
TPPに加入すれば、こうした劣悪な米国の労働条件を受け入れなければならないのである。労働者階級の政党は、米国のこうした『貿易外障壁』撤廃を米国に要求しなければならない。また、米国に労働組合を結成して労働条件改善を闘い取らせなければいけない。
安倍政権は逆である。米国並みに日本の労働者の労働条件を悪くすることによって
日本の市場を開いた時のダメージをいくらかでも少なくしようとしているのである。
自民党政権は反労働者的であることの具体的証左である。
これに賛成して金魚のフンのようにまとわりついている橋下徹を支持している労働者下層のみなさんはいい加減に目覚め、自民党や維新の会などと闘い、自らの生活の改善を勝ち取るべきである。そのためには労働者上層への憎しみを利用されるのではなく、腐敗した労働者上層部の無いに等しい「労働運動」を粉砕し、その組織たる「連合」を解体して自らの労働組合組織を樹立していく闘いをする以外に解決策はないことを理解すべきである。
3. 解雇の自由と引き換えに高収入を得るというウソ
小泉改革によって弁護士資格を持つ人が多量に供給されることとなった。米国流契約社会になれば米国の10分の1程度しかいない弁護士を少なくとも10分の2ぐらいに倍増しなければならないという米国標準への追随の発想から生まれた現実である。
医師とならんで高額の所得が約束されている「あこがれの職業」だった弁護士は、この改革によって、弁護士資格は取ったものの弁護士では食べて行けず会社員になるというトレンドを生み出しただけに終わった。
決して、引き換えになる高額の収入など、あり得ないのである。
弁護士にしてこの有り様。まして他の派遣労働に落としこめられている専門職、例えば通訳・翻訳などの不定期労働は、もっと低賃金の請負労働者へと転落する。派遣労働者以下だというのは、請負労働制になることによって、時間外手当がないのはもちろん週労働時間制限も適用されなくなり、過労死を選んでまで仕事を請け負った自己責任だと切り捨てられていく労働者という存在形態が生まれるからである。
専門性も何もない普通の労働者下層にとっては、最低賃金すら適用されない「みなし労働制」=この仕事を2時間ではなく4時間もかけたのはあなたの能率の悪さであり、あなたの勝手だから、時間当たり賃金が最低賃金の半分になったのは倍の4時間かけたあなたに責任があり、雇用者でもない依頼者に最低賃金分の手数料を請求するのは詐欺だということにされる。
いい加減に目を覚まして闘いに立ち上がる以外に道はないのだ。
若者の正規雇用者数は3割がた減少した。年金支給開始を遅らせるための60歳以上の低賃金による再雇用制度がある限り、技術もノウハウもある低賃金高齢者にかなう若者はそうそういないのである。若年労働者の生活苦はますます進行し、パラサイトさえ出来なくなって就職もできない「若中年」が街にあふれるようになるのが目に見えている。
腐敗した労働者上層部への敵意を煽っている橋下徹らの「維新の会」は打倒対象である。少なくとも維新の会の支持層になっている現状は、即刻打破していかなければならない。
労働者下層階級は、まず、自らが下層であることを自覚し、労働者下層階級を生み出すことに協力してきた「自分さえよければいい」労働者上層部になった連合系の労働者と直接に自ら闘いを挑むべきである。
社民党は安保を容認し自衛隊を容認して首相になり、その後「引退」した政治家がいまだに指示を出している。福島党首の意向など貫通されず、自分のしたことは正しく、野田氏がした同じようなことは正しくないと論拠を示ことすら出来ない者が院政よろしく実質的に指示を出している。このような党に未来があるはずがない。もし、社民党の再生を願うなら、ただちに労働者下層を労働組合へと組織すべきである。パートや派遣労働者が入れる労働組合を作り、その要求を無視出来ないように力ずくで守っていくしかない。もう、力ずくでやる源泉としての力の資源もなくなり始めている。社民党の持てる財産の全てを投げうって労働者下層を組織するべきである。そうしない限り、社民党の消滅は存外に早い。
4.劣悪な米国標準は黒人差別と奴隷制による野蛮な搾取経済の残滓である
年金もない。健康保険もない。
人口の5%が富の90%を得ている異常な社会。それゆえに国内消費市場は狭く、常に外国に対して経済的侵略をする以外に生き延びる道のない資本主義。それが米国流資本主義である。
これは決して進んだ資本主義の形態ではない。むしろ粗野な資本主義の形態であり、西欧風の社民主義のほうが一般的資本主義である。米国流資本主義が生まれ存続しえてきたのは、専ら奴隷制による黒人の犠牲による。
マルクスが資本論で描いたように、草創期の粗野な資本主義を歩んだ英国ですら、持続不可能な労働者の強搾取に対抗して護民官制度を生み出し、児童労働を違法化するなどのことを資本家階級の側からもしたのである。
対する米国は、奴隷解放の名の下、南部の綿花農家に独占されていた黒人奴隷を産業資本主義の奴隷としてこき使うという、資本家階級への奴隷開放をした歴史しかもっていないのである。そしてこの運動を首謀したリンカーンを「奴隷解放の人」などと祭りあげる欺瞞を続け1960年に至ってもキング牧師に象徴される闘いをせざるを得ない奴隷制を存続させていた程度の浅薄な歴史しか持たなかった国家が米国である。
資本主義としては極めて特殊な「新たな形式を採ることによって延命された奴隷制」の資本主義なのである。
この劣悪な資本主義と「自由に」競争しようとするのが間違っている。西欧はTPPには関係しないですんでいる。ユーロを先行して形成しえたことによって、野蛮な資本主義に追随することを決め込んだ自民党日本より優位な立場を獲得している。ドイツの労働者は日本の労働者のようにひどい状態に追い込まれることはない。スウェーデンの労働者も然り。ユーロには半分しか入っていない英国病に悩まされた英国労働者も日本の労働者ほど疲弊はしていない。
日本民主党のあまりに稚拙な政治を見せつけられ、自民党へ政権を戻してしまった2%ほどの人々の動きが大きな方向を誤らせる舵を切らせつつある。民主党のひどさは「連合」に連なる労働者上層部の腐敗した世界観・哲学のひどさなのである。労働者階級の利害を代表したからではなく、労働者階級の利害に敵対し、消費税を上げ、労働者下層から収奪した金を労働者上層部の「安心できる老後」につぎ込まんとすることに由来するひどさなのである。
日本民主党を打倒し、日本維新の会を打倒する労働者下層の運動を始める以外に労働者下層の生きる道はない。これを避けて通る限り、本稿で見てきたように、労働者下層の暮らしはますます立ち行かなくなり、犯罪は増加する以外にない。労働者下層の組織化による労働運動の再構築をしない限り、労働者下層はファシズム政党に組織されていく以外にない。
日本共産党も四の五の言っていないで、直接に労働者を自らの労働組合に組織して学ぶ道を採らない限り、自らの政治的限界を突破できないと知るべきである。