希少か、それとも過剰か
斎藤 隆雄
378号(2013年5月)所収
前稿において「人的資本」が希少性を根拠に成立しているという新自由主義の原理を批判した新理論を紹介した。この希少性の問題がレントの発生を意味あるものとして理解され、更にそれらが今日の成熟した資本主義経済の変容であるサービス業の肥大化の現実を整合的に説明する論理としてつながっていた。しかし一方これらの論理が労働を価値の源泉とする論理とは相反するという、新たな問題も提起した。
本稿では、改めてサービス業あるいは第三次産業と呼ばれる領域の労働を取り上げ、レントの根拠である希少性という問題の立て方あるいは切り方を検討したい。
1.何が希少か
希少性が価値を持つのは、必要とされるものが少ないということであって、経済学的に言えば需要に比して供給が少ないということである。現代経済学がすべてのものを希少性を元にその価値を測ろうとするのは、いわゆる「限られた資源」という前提からである。
この「限られた資源」という人々の前提意識はどこから来るのであろうか。20世紀初頭に資源を求めて帝国主義諸国が植民地争奪戦を繰り広げたこと、あるいはもっとさかのぼって15世紀のインドと欧州との交易やアメリカ大陸への侵略もまた資源を求めた過酷な歴史的事件であったことを考えれば、この意識は随分と古いものである可能性がある。歴史的に見て、近代資本主義そのものがこの資源枯渇観という得体の知れないものを本来持っていたと言えるのではないか。それを端的に言ってしまえば、資本の利潤への飽くなき希求ということにつながる(一種の利益飢餓観のようなものか)。この15世紀末から20世紀初頭までの長い時代のテーマは、「富の成長」であり、「空間の拡大」である。人を含めたすべてのものを移動させ、集中させ、拡散させ、蓄積するのが資本の宿命的な機能であることがここから理解できる。
二つの世界戦争以降、地球上のあらゆる土地が分割され尽くして、次に来たのが「地球の危機」であった(誰にとっての危機かは自明だろう)。空間的な拡大が限界に突き当たった時、時間にその拡大の矛先を向けたというのが信用資本主義の起源であるが、空間的拡大がそれで収束した訳ではない。今や、資源探査は深海底や地中奥深くまでに及んでいる。
ともかくも、希少性の意識は、この数世紀の間に「資源の枯渇」という危機意識となって今や多くの人々に共有されていることは確かである。この根拠あやふやな危機意識は、1972年に出版された『成長の限界』というローマクラブの報告で一挙に有名となったが、それ以後、環境問題に関連してこの「限られた資源」問題は常に経済成長を議論する時について回る課題となった。(環境問題が持つ危うい二面性はこの辺りから来ているのかもしれない)
それはさておいても、資源問題を科学的な知見から言うなら、「物質は変化するが希少にも過剰にもならない」ということになる。特定の物質が形態を変化させて、希少になったり過剰になったりするだけである。例えば、土地が希少になるのは、それを利用しようとする人間の数や資本が増えたからである。つまり、土地が少なくなった訳ではない。希少性は過剰性の裏側であり、希少性を論じる場合必ず過剰性が問題とならなければならない。「限られた資源」という仮象は過剰な資本と人口という裏側から眺めてみると、違った風景が垣間見える。何故過剰なのかという問いは、何故希少なのかという問いと同じであり、「限られた資源」は「有り余る資本」という意味でもある。
ということは振り返って見るなら、我々が「人的資本」の希少性が何であるかを知りたいなら、何が過剰なのかを考えればいい。人を資本に譬えることの是非をひとまず保留しておいたとしても、その人的資本が希少となるためには、何が過剰でなければならないかは簡単に答えることができる。この場合の人とは労働者のことであり、一般には過剰である場合がほとんどであり、過剰であるからこそ景気変動の安全弁となってきたはずである。労働者が希少である場合というのは、好況期に生じるが、ここ二十数年間日本においては「失われて」きたと言われているので、むしろ労働者は現状では過剰であると考えていいだろう。つまり、これではレントは生まれようがないことになる。人的資本が希少になるためには、人的な需要が増えなければならない。つまり仕事が過剰になる必要があるということである。つまり、希少性とは市場原理の別な表現でしかないのだ。
では、地代の場合と比較して再考してみよう。買い手の付かない土地には地代は生まれようがない。しかしアダム・スミスも言うように、地主は借地人の利益が最小になるよう地代を設定する。買い手の付かない土地にも地代を設定するだろうから、その価格は一般的利潤率を基準にするだろう。つまり、人的資本の場合も同じようにそれを売りに出す価格は、労働者が自らを資本家の利益が最小になるよう設定しなければならないし、それは一般的な利潤率が基準となる。しかし、我々はここで矛盾を感じるだろう。労働者が資本家の利益を最小にするなんてあり得るだろうか、と。
労働市場が正当な価格で取引されている、価値通りに交換されていると考えている人は今の時代よっぽどのお人好しである。今更言うまでもないことだが、労働者は生産手段を持っていない。資本家の言い値で自らの労働力を売らなければ、明日生きていけないのは明らかである。この自明の原理を「人的資本」論はわざと見ない。だが、資本主義社会の中ではその初めからのハンディが価値通りのことなのだと、居直るだろう。新自由主義思想は階級闘争を否定していないから、それはあり得る話だ。であるなら、地代(レント)のメカニズムとは明らかに異なる原理がそこに働いていると認めなければならない。
いずれにせよ、人(労働者)を資本と見なして一貫性のある論理展開はできないし、せいぜいのところ比喩としてしかその規定は役立たない。逆に言えば、労働賃金が市場の需給で決定されるという従来の労働力を商品として擬制する方法から、何故わざわざレントへと移行させようとするのかが問われる。
2.人的資本と第三次産業
労働力を地代(レント)に擬制するのは、稲葉氏の『「資本」論』によれば、ロックの市民社会論から演繹してすべての人が財産所有者である社会という論理整合性を追求しようとするからのようである。彼は、「普通の資本と比べて人的資本=労働力は資産として不利なところが多い、という意味においてならば、マルクスの問題提起はやはり正しかったのです。」(p.202)と言いつつ、家畜、奴隷といった延長線上に労働者を置き、「つまり労働力の取引の標準的な形式である『雇用』は、売買よりもむしろ賃貸借に近い仕組みとして考えればよいのではないか…」(p.222)と提起します。この考え方は私的所有者という近代の人間観を基礎とした原子論的な唯物論からすれば、成立するものではあるでしょう。賃貸借と考えるということは、つまり人間を資本と規定し、それを丸ごと売買できないので、そのレントで賃金が決まるという論理構成です。時間決めで資本家が労働者を借りているという想定なのです。
この想定の無理は、どうしても私的所有という原理をあまねく貫きたいという無理から来ている。いわゆる関係性がそこではまったく捨象されてしまっているのだ。人と人が関係するという規定ではなく、家畜や奴隷と同じようにそれが生産にどれだけ役立つかという道具的な人間観しかそこにはない。つまり、資本の論理がまさしくこのような想定の下で成り立っているということを正直に露呈していると言っていいでしょう。
このような資本の論理を振りかざして労働者を雇用する資本家は本音はどうであれ、現在ではあまり多くはないだろうが、実はこの論理が違う表現を用いて貫徹しているという実態がある。それが人的資本という言い回しなのだ。例えば、初期の派遣労働がそういう論理を露骨に表現していた。日雇い労働を労働者一人が一つの企業だという想定で、労働サービスを企業間で売買しているという論理を用いて、雇用に関係する様々な労働保護規定から逃れようという手法がそれだ。この論理はロックが想定した道具的人間観あるいは私的所有社会という思想が現代で果たす役割を如実に表現していると考えていいだろう。しかし、それは単なる詭弁という訳ではない。それが現れてくる現実的な根拠がある訳だ。何故このような論理が蔓延るようになったのか、あるいは何故このような論理が今200年ぶりに復活したのか、その根拠が重要である。
産業資本主義の時代、あるいは後発資本主義経済の原畜期は労働集約型の大規模工場に労働者を集めて雇用する形態が主であったから、労働者は丸ごと資本家の指揮権に入っていた。逆に言えば、労働者はこの段階で横の連携を獲得する機会に恵まれていた。労働運動が発生する基盤がそこには豊富に存在していたと考えられる。おそらく、この時代の資本家は労働者を「労働という資本を所有する資本家」という回りくどい論理を用いる必要がなかっただろう。むしろ、時間決めで働く奴隷というイメージの方が実態に近かっただろうし、生活丸ごと引き受けなければならない奴隷とは違い、使い勝手の良い論理であったはずである。
しかし、成熟期の資本主義経済においてはこの論理が貫徹できなくなってくる。なぜなら、大規模製造工場が産業全体の中で相対的に縮小していくからである。ここでは、第二次産業革命の問題やフォーディズムの問題は省略させていただくが、いわゆる第三次産業と呼ばれる産業形態が雇用の大部分を吸収するようになれば、これまでの時間決めで働く奴隷という論理では通用しなくなってくるのである。従来、人的資本の論理が「新自由主義」の席巻による資本と国家による産業構造の転換という図式で論じられてきたことが多いが、では何故「新自由主義」政策がこの時期に立ち現れ、現状の事態を招いたのかは明らかになってきていなかった。成熟期にある資本主義経済にとって「新自由主義」政策が果たす役割は、とりわけその労働市場で果たす役割は、それが新興国経済に与えた影響とは区別して捉える必要があると思われる。グローバリズムやワシントンコンセンサスのようなIMFの政策は、「新自由主義」政策とは必ずしも呼べないということも付け加えておきたい。
ともかくにも、第三次産業が主要な産業とならなければ「人的資本」の論理も生まれなかったはずなのである。なぜなら、サービス業は資本家の指揮の下一斉に機械に向かって作業する労働とは根本的に異なっていたからである。例えば、教育労働や介護労働は労働対象が人であり、資本家はその労働過程を工場労働のようには管理しマニュアル化できないのである。そこでは労働者が資本家のために意欲的に労働するという、産業資本主義の時代には考えられないような想定が必要なのである。つまりこれまでとは異質な労働者が必要となってくる訳である。そして、現実的にはそのような労働者が生まれてくるのである。何故か。
新しい労働者が生まれてくる道筋はおおよそ二つあっただろうと考えられる。一つは、資本の巨大な集積が株式会社を生み出したように、19世紀の末から従来の資本蓄積とは異なる小口の遊休資本が銀行に集積され、それが巨大な重化学工業の資本として貸し付けされるという産業構造の変化が、労働者上層を資本主義へ近づけるきっかけとなったことである。とりわけ、重化学工業化が急速に進んだドイツにおいてはそれが顕著に現れた。「秩序自由主義(オルド・リベラリズム)」がドイツで生まれたのはそのことを表している。持ち株制度や労働者の経営参加といった現在も残っているドイツ独特の制度はこの時代の産物である。企業の巨大化が遅れた英国では、当時まだそのような労働者が現れなかったのは、自由主義経済型の産業構造が依然として優勢だったからなのである。しかし、どの先進国も資本の集積が巨大化するにつれて、このような新しい労働者を生み出していくのは時間の問題だった。欧州社会民主主義の労働運動が依拠した物質的基礎がそこに生まれた訳である。つまり、労働者が意識の上で「小さな資本家」となる訳である。
もう一つの道筋は製造業の資本集積が進み、機械化とフォード・テーラー方式の生産工程* 1が一般化すると、いわゆる大量生産と大量消費の大衆社会が生まれ、消費社会という新しい現実に対応する労働過程が生まれる。第三次産業の拡大である。この道筋は複雑だが、20世紀全体を通して進行したたゆみない社会変容の過程であった。ドイツのヒットラー政権や英国福祉社会構想、アメリカにおける「偉大な社会」構想もすべてこの過程の産物であると考えていいだろう。大衆(マス)というキーワードでくくれる様々な社会変容は労働者を消費社会へと引き込みながら、そこで資本主義的意識改革が一挙に進行したと言える。* 2 労働が強いられた苦役ではなく、社会的倫理的義務として立ち現れるのである。大量消費とショーウインドウがそのことを労働者に納得させていった。労働者の横の団結がしだいに緩み、個別化され、管理されずとも労働に励む労働者が第三次産業の発展を支えることとなった。
今日、日本の第三次産業は産業大分類19種の内、11種を占めている。更にその内の狭い意味でのサービス業は7種で、全就業人口(6300万人)の37%(2300万人)。第三次産業だけでは70%を越えているという現実がある。この圧倒的多数の労働者たちが製造業以外の分野で労働しているという事実、これこそが新自由主義の基礎であり、「人的資本」というイデオロギーの発生場所なのである。
3.価値を巡る混乱
今から40年も前に、J.ボードリヤールが『消費社会の神話と構造』の中であふれる商品を前にして次のように言った。
「我々が真に豊かな社会にいるのではなくて、現代に生きる個人や集団や社会や種としての人類そのものが希少性の記号のもとに置かれているという事実である。」(p.39)
このことは今も有効である。必要性もなく、一見役立ちそうもない様々な商品があふれる今日の大衆社会の中で、価値はこの希少性という飢餓感覚に追い立てられている。それは単に無駄や浪費なのではない。それこそ現代社会の労働を支えている根幹なのである。
アイデアを重んじ、新奇なものの生産が価値を生み出す世界こそ、人を資本として新しい労働へと導く。需要を創り出すこと、それが価値と雇用を創り出すからである。需要とはあなた自身のことであり、あなた自身があなた自身の雇用を創造するというのである。だから、あなたは資本そのものであり、資本主義の根幹であると。
何故、そういった詐術が通用するのか、と問いたくなるだろう。答えは簡単である。それが現実だからである。需要を創り出さなければ、現代社会は70%の失業者を生み出すからである。つまり、社会が崩壊するからである。
資本という形態の生産構造が随分以前から使用期限が切れていたことに人々が気づかないのは、価値を作り出さなければ生きていけないというシステムそのものに根拠があり、その価値とは何だったかと言えば、貨幣のことだと木霊が返ってくるのである。ここに資本という死んだものが生き延びる秘密が隠されている。マルクス「主義者」は往々にしてこの価値の生産を工場に限定したがるが、それは商業が価値を生まないという「資本論」の一節* 3 に依拠した思い込みである。サービス業が価値を生まず、価値を測る基準さえないということを、むりやり知的労働に求めたり、共領域に求めたりすると、サービス業の経済的位置づけとともに、知的労働や共領域という曖昧な説明をそこに差し挟まざるを得なくなる。知的にもいろいろあって、レジを打ったりすることも知的なものになってしまうし、また進学のために個人教授することも共領域に入ってしまうという混乱が起こってくる。比較的うまく説明できていたレントでさえ、既に述べたように矛盾した現実的でない事態が生まれるのである。ただ、問題がそこにあるということだけははっきとしている訳だ。
サービス業が単純な商品の交換ではない形態で、つまり資本として機能しているかぎり、剰余価値を生み出すことは自然な姿である。なぜなら、そこに労働過程があり、資本家の下で商品を生み出し、それが資本として還流してくるからである。この場合、商品が有形か無形かは問題とはならない。もしそこに思い違いがあるとしたら、サービス業が形のない商品を生み出すことで、産業資本主義時代の労働とは異なる労働があることに気づかないからである。それは先に述べたように、知的であったり公共的であったりするのではなく、労働者そのものが変容させられた結果なのである。そういう意味においては労働者の奴隷化が一層進んだといっていいだろう。労働者を「資本」になぞらえて、あたかも主体的に労働しているかの如く思い込ませるためには、ある種の蓄積過程が歴史的に存在したことは確かで、「資本主義の成熟」という喩えで表現される一連の過程がそれにあたると考えていいだろう。それを「新自由主義的過程」と呼んでいいようなものである。
更に付け加えておこう、誤解のないように。サービス業において労働者が資本のように見えるのは、商品の販売が労働過程と一体だからである。しかし、単純な流通ではない理由は、商品の購買者は労働者に対価を支払うのではなく、資本家に支払うのであるからだ。労働者は自らの価値以上のサービスを購買者に、つまり資本家に与えてしまっているのであるが、それには自らがあたかも自営業者のような思い込みが必要であり、自己の経済的姿を欺く必要がある訳である。労働者の小ブルジョア的意識性はかくのように生まれるが、それは常に不安定で心理的な抵抗感が生じる。現代社会(大衆社会)が不安を基調とし、資本家たちの高度な宣伝戦が繰り広げられるのはそのためである。
今、労働者階級は自らの利害を代表する政党を持っていない。それは、「成熟期」にある資本主義の労働者階級に特有の団結形態をつかまえ損ねているからだと言える。古い労働組合形態や、集団性ではない新しい繋がりがそこでは求められている。つまり新しい政治形態が必要なわけである。かつての自然発生性はそこでは生まれないと言える。徹底的に改変されている労働者の意識性からは、自然に団結が生まれるとは思えない。時折、爆発的に無定形に吹き出す反抗形態は今日、「無政府主義だ」と言われているが、萌芽形態にあるものは常にそういう風に見えるものである。我々に必要なものはそういった萌芽形態を、そのまま空間的時間的に連結するための方途を探ることではないだろうか。
脚注
* 1
「テーラーにとって、労働者は放っておけば時間・空間的な隙間を見出したり発明したりする能力に非常に長けた存在である。つまり彼、彼女たちは、すきあらばサボリ、作業速度を落とし、そして自らの本当の能力を上役に隠す。」酒井隆史『自由論』2001年p.29
* 2
「大衆社会とは、なによりもまず、帰属すべき安定した場所をもたない大衆というカテゴリーの登場によって特徴づけられる。帰るべき田舎をもたない人々、地域共同体から切り離された人々、特定の階級に属さない人々、政治的舞台に送るべき代表をもたない人々、…こうした人々すなわち『大衆』が社会の主役となってくるのである。」佐伯啓思『貨幣・欲望・資本主義』2000年p.254
* 3
「等価物どうしが交換されるならば、剰余価値は生じない。また、非等価物どうしが交換されても、やはり剰余価値は生じない。流通または商品交換は何らの価値も創造しない。」K.マルクス『資本論』第一部第二篇第四章第二節