共産主義者同盟(火花)

世界的な経済危機の進行と階級闘争について

流 広志
327号(2008年11月)所収


金融恐慌から世界的な経済危機への進行

 アメリカのサブプライム・ローン破綻に端を発した金融恐慌は、ただちにヨーロッパに波及した。それは、アジア、東欧にも拡大し、世界的規模に達しつつある。

 11月24日の『朝日新聞』は、「インドの繊維産業50万人が失業か 衣料品輸出大幅減で」と題する記事で、インド政府の見通しとして、「09年3月までに繊維産業で働く約50万人が失業するおそれがある」と伝えるインド有力紙の報道を伝えている。それによると、「欧米の消費低迷で、衣料品などの輸出が大幅に落ち込んでいる」のが原因だという。「繊維はインドの主な輸出産業で、3千万人以上が従事している」「インドの繊維産業は、国内総生産(GDP)の8〜9%を占める主要産業で、半分が輸出され、そのうちの約6割が日米欧などの先進国に向けられているという。世界的な景気低迷の影響で、繊維を含む10月のインドの輸出額は前年同月比で約12%落ち込んだ」。それにたいして、インド政府は、「近く輸出業者への支援策を打ち出す方針」だという。これまで、クレジットに依存してきた消費で海外からの巨大な供給を飲み込んできたアメリカで、サブプライム・ローン破綻を引き金にした金融恐慌の進行が、その需要の低下が引き起こされているのである。それによって、上のインドのように、アメリカ市場への輸出によって蓄積してきた業種においても、生産縮小などのかたちで、実体経済への大きな影響が出てきているのである。金融恐慌が、アメリカから、ただちにヨーロッパに波及し、EU市場の需要減少が起きたために、それらの巨大市場向けに生産していた新興工業国などの製造業などにおいて、過剰生産問題が発生しているのである。金融市場は、レーガンをはじめとする新自由主義者たちの推進した世界の金融市場の育成やその一体化が進んだことで、連動性が強まっている。これまで、年率2桁のテンポでGDPを拡大してきた中国では、今年10月の鉱工業生産が前年比8.2%増にとどまり、生産拡大のテンポが鈍ってきている。対米輸出が減少しているにもかかわらず、中国中央銀行が貯め込んだドルは、米国債の購入にあてられて、最近、中国の米国債保有高が、9月末時点で5850億ドル(約56兆7千億円)となり、ついに、日本を抜いて、トップになった(米財務省11月18日発表の9月の国際資本統計)。中国では、チベット人などの国内少数民族による民族解放闘争や社会格差の拡大からくる貧しい農民や農村からの不法出稼ぎ労働者、下層労働者、地方政府幹部や共産党幹部の腐敗や官僚主義への不満や怒りを表明する暴動が相次いで発生している。それは、中国での階級闘争が成長しつつある途上の姿を表している。

 金融恐慌について

 この1年ほどで、アメリカの株価は、30%以上値下がりしているが、イギリス・フランス・イタリアの3ヵ国で、40%以上値下がりしていて、ユーロ圏の打撃の方が大きい。それにたいして日本は、50%以上も下落している。このような株価の大きな値下がりから、今の経済状況を1929年恐慌と比較する議論も見られる。1929年恐慌前後の株価の動きは、1924年頃から急激に投機資金などが流入し、ニューヨーク・ダウ平均株価が、急上昇し、1929年9月3日のピークの381ドル17セントの最高値を記録、約5年で、5倍ほどになるが、10月24日、「暗黒の木曜日」と呼ばれる大暴落が起き、その後、急激に暴落し、1932年7月に、42ドルまで下がるという経緯をたどった。29年恐慌と現在の金融恐慌をそのまま比較するわけにはいかないのは言うまでもない。当時は、金本位制であり、農業の危機、ヨーロッパが先の戦争の復興途上であったことなど、今日と条件・環境が違うところがあるからである。
 それを踏まえた上で、当時と今日を比較してわかることのいくつかについて考えてみることにする。Wikipediaに、「世界恐慌中の各国工業生産の推移」という表が載っていたので、まずこの数字の検討から始める。

アメリカ イギリス フランス ドイツ 日本 ソ連
1928年 93 94 92 99 90 79
1929年 100 100 100 100 100 100
1930年 81 92 100 86 95 131
1931年 68 84 86 68 92 161
1932年 54 84 72 53 98 183
1933年 64 88 81 61 113 196
1934年 66 99 75 80 128 238
1935年 76 106 73 94 142 193

(1929年=100)

 この表を見ると、アメリカは、1935年に至っても、まだ1929年の76%程度までしか、工場生産が回復していないが、ブロック経済圏を形成し植民地経営を積極的に行ったイギリス・ドイツ・日本が、比較的に早く生産を回復しているのがわかる。そして、いわゆる計画経済のソ連が、世界恐慌と無縁のように、工業生産をのばしていることがわかる。アメリカが恐慌前の水準に経済回復するのは1942年、戦時経済の中でのことだった。それは、軍需による過剰生産の解消をテコとした回復であると言われている。ニューディール連合(南部の白人、マイノリティ層、低所得者、労働者、リベラル派知識人)を基礎に1932年に大統領になった民主党のルーズベルトは、政府による経済に積極的に介入するニューディール政策を行ったが、それによっては恐慌からの回復はできなかったという説である。この説については、ここでは触れない。ただ、この世界恐慌後の世界がどうなったかについては一般的に知られていることだけ指摘しておく。

 恐慌(パニック)は、19世紀のマルクスの時代には10年周期で起きていて、それは、資本主義経済につきものの病であり、内的な不均衡の暴力的調整の過程であった。発生部門の違いで、金融恐慌とか生産恐慌とか商業恐慌とか農業恐慌とか呼ばれていただけである。したがって、現在の金融パニックが、金融部面だけで収まることもありうる。それは今後の事態の進行がどうなるかにかかっている。この資本主義経済内部での不均衡が大規模に累積されていけば、その暴力的均衡回復としての恐慌は、それだけ大規模になる。恐慌後には、しばらく不況期が続くとマルクスは言っている。現在の金融恐慌が、商業部面、生産部面に拡大し、経済を攪乱し、危機的にし、国際的に波及しつつあることは、先のインドの例でも明らかである。それは、倒産と失業を生み出す。自由市場主義者は、これは資本主義経済の循環過程の正常な進行の一部であるから、政府介入などして、この過程を攪乱させると、かえって事態を悪化させると言う。例えば、池田信夫という経済学者は、そんなことを言っている。アメリカの経済学者たちも、政府に対して、公的救済策に反対する意見書を突きつけた。1929年恐慌の際には、共和党フーヴァー大統領は、基本的に、自由放任政策をとった。しかし、階級闘争という点から、問題になるのは、29年恐慌後にあったように、失業者の暴動が起きたり、ドイツ、イタリアでファシズムが台頭したり、労働者階級の闘争が高まったりするということである。それは、支配階級からすれば、治安悪化の問題でもあり、統治危機の問題でもある。だから、経済学者は、経済的視点に偏った見方しかできないので、こういうことを言うが、支配階級は、体制の危機への対処という観点から、こうした問題の解決を迫られるのである。フーヴァーにルーズベルトが代わったのは、そのためということもある。

世界経済危機へのブルジョアジーの対応とプロレタリア大衆の情況

 アメリカ議会は、経営悪化におちいっているGM・フォード・クライスラーの米自動車のビッグスリーへの250億ドル(約2兆3千億円)緊急融資法案の審議でもめている。「労働政策研究・研修機構」の「最新の海外労働事情」によると、10月24日までに公表されたビッグスリーの解雇者は、一次的なものを含めて、約28000人に及ぶ。黒人や移民労働者や下層などの圧倒的支持を受けて誕生した民主党オバマ政権は、自動車産業の公的救済に積極的な姿勢を示している。言うまでもなく、それは、アメリカ労働総同盟(AFL−CIO)の中心組合である全米自動車労組(UAW)という民主党の一大支持基盤の救済策でもある。このように、アメリカでの失業問題は深刻化しつつある。それは、国際労働機関(ILO)のフアン・ソマビアILO事務局長が、10月20日、「世界規模の金融危機が雇用に与える影響の速報値として、2007年に1.9億人であった世界全体の失業者数が2,000万人増加して2009年後半には 2.1億人に膨らむ可能性があると発表しました。さらに、現下の危機の影響が最も大きい産業として、建設業、自動車産業、観光業、金融業、サービス業、不動産業を挙げ、1日1人当たり1ドル未満で生活しているワーキング・プア(働く貧困層)の数は約4,000万人、2ドル未満で暮らす層は1億人以上増える可能性も指摘した上で、今進んでいる景気収縮と前途に見受けられる景気後退の影響に迅速に立ち向かわない限り、この新しい予測値も過小推計と化してしまうだろうと述べ」(ILO駐日事務所HP)たように、世界的にも深刻化している。

 こうした事態を受けて開かれたG20金融サミットで、日本時間の11月16日に発表した「金融・世界経済に関する首脳会合宣言」の骨子は、『日経』の記事によれば、危機の根本的な原因として、「高い成長、資本フローの伸び、安定が続いた期間に、市場参加者はリスクの適正評価なしに高利回りを求め、脆弱(ぜいじゃく)な引き受け基準、不健全なリスク管理慣行、複雑で不透明な金融商品と結果としての過度なレバレッジが、システムを脆弱(ぜいじゃく)にした」こと。そして、「いくつかの先進国では、政策・規制当局はリスクを適切に評価せず、金融の技術革新についていけなかった。背後にある主な要素は、一貫性と調整のないマクロ経済政策と不十分な構造改革などであり、これらが世界的マクロ経済上の持続不可能な結果を導いた」ことをあげている。基本的に、金融技術に対して、民・官の制度が認識や注意や対応の不足があったということをあげている。そして、取られた措置及び取るべき措置として、(1)努力の継続と金融システム安定に必要なあらゆる追加的措置の実施、(2)適切と判断される場合における金融政策による支援の重要性を認識、(3)財政の持続可能性の維持に資する政策枠組みを確保しつつ、状況に応じ、即効的な内需刺激策の財政施策を活用、(4)新興国、途上国の資金調達を支援。危機対応におけるIMFの重要な役割を強調し、新たな短期流動性ファシリティーを歓迎、(5)世銀、国際開発金融機関が開発支援にその能力を活用するよう奨励、(6)IMF、世銀、国際開発金融機関が危機克服で引き続きその役割を果たすために、十分な資金基盤を確保、の6点をあげている。これと言って新味のないもので、とくに、金融面に軸をおいた対策を並べてあるにすぎない。次に、「金融市場の改革のための共通原則」を掲げている。

○危機の再来を防止するため、金融市場と規制枠組みを強化する改革を実施。規制当局間の国際連携、国際基準の強化及びその一貫した実施が必要。金融機関もまた混乱の責任を負い、その克服のために役割を果たす。

○われわれは以下の改革のための共通原則と整合的な政策の実施にコミット

・透明性及び説明責任の強化
 複雑な金融商品に関する義務的開示の拡大、金融機関の財務状況の完全・正確な開示の確保を含め、金融市場の透明性を強化。インセンティブは過度のリスクテークを回避するように調整

・健全な規制の拡大
 すべての金融市場・商品・参加者が、状況に応じて適切に規制され、あるいは監督の対象になることを確保することを誓約。合意され強化された国際的行動規範に整合的に、信用格付け会社に対する強力な監督を実施。規制枠組みを景気循環に対してより効果的にする。国内規制制度の透明性の高い審査にコミット

・金融市場における公正性の促進
 投資家・消費者保護を強化し、利益相反を回避し、不法な相場操縦、詐欺行為、乱用を防止し、非協力的な国、地域から生じる不正な金融リスクへの対抗などにより、世界の金融市場の公正性を保護することにコミット

・国際連携の強化
 各国・地域の規制当局が規制、その他の措置を整合的に策定するよう要請する。規制当局は、国境を超える資本フローを含め、金融市場のすべての部門において、協調と連携を強化。規制当局等は、優先課題として危機の予防、管理、解決のための連携を強化

・国際金融機関の改革
 世界経済における経済的比重の変化を適切に反映できるようブレトンウッズ機関の改革推進にコミット。最貧国を含め新興国と途上国がより大きな発言権と代表権を持つようにする。金融安定化フォーラム(FSF)は新興国に早急に加盟国を拡大

 これらにもとくに、新味はない。これらの取り組みの実効性は、各国政府次第であり、国際協調にかかっている。しかし、例えば、アメリカ政府は、ブルジョアジーの利害のために働いていて、資金の透明性を高めるどころか、、ケイマン諸島など海外のタックスヘブンへの税金逃れの資金隠しを事実上野放しにしている。それは、公式の金融市場ばかりではなく、規制や税制で優遇措置をほどこされたオフショア市場で運用されている。このような政府の統制のあまり及ばない資本取引が大規模になっていて、各国の規制・監視・監督などの制約を受けやすい国内金融市場とは別個の国際金融市場が形成されているのである。このような金融市場をどう監視し規制するのかについて、金融サミット宣言は、具体的に触れていない。これでは、金融規制の実効性は極めて低いということは明らかである。先の小池信夫氏は、ブログの11月12日の「影の銀行システム」という記事で、「ヘッジファンドや金融商品を規制するのは無理だ。規制を強めた国から資金が流出するだけで、かえって経済は悪化する。投資銀行やファンドの資金運用の大部分は、実際にはオフショアで行なわれているからだ」と書いているが、そういうことになっているのである。

 金融サミット宣言は、続けて、「閣僚及び専門家への指示」として以下の要請をしている。

○財務大臣にG20指導国(ブラジル、英国、韓国)の調整により、プロセス・スケジュールの開始を指示。具体的な措置の最初のリストとして、2009年3 月31日までに完結すべき優先度の高い行動を含めて添付の行動計画に規定。ほかの経済国や既存の機関が任命する専門家の提言を参考にしつつ、各国の財務大臣に対し、以下の分野が含む追加的な提言の策定を要請

・規制政策における景気循環増幅効果の緩和
・市場混乱時の複雑な証券についての国際会計基準の見直しと調整
・信用デリバティブ市場の強靱性と透明性の強化及びシステミックリスクの軽減
・リスクテークと技術革新へのインセンティブに関連する報酬慣行の見直し
・国際金融機関の権限、ガバナンス及び資金需要の検討
・システム上、重要な機関の範囲を定義し、その適切な規制・監督の決定

○われわれは、金融システム改革におけるG20の役割にかんがみ、今次原則と決定の実施をレビューするため、2009年4月30日までに再び会合する。

 このような対策が、金融規制としての実効性が薄いことは、上に指摘したことから明らかである。この宣言は、最後に、「開放的な世界経済へのコミットメント」として次のように述べた。

 ○保護主義を拒否し、内向きにならないことの決定的重要性を強調。この観点から、今後12カ月の間に、投資・貿易に対する新たな障壁を設けず、新たな輸出制限を課さず、WTOと整合的でない輸出刺激策もとらない。

 ○WTOドーハ・ラウンドを成功裏に妥結に導く大枠について本年合意に至るよう努力。貿易大臣にこの目標の達成を指示し、必要に応じ、直接支援する用意をする。

 ○現下の危機が途上国に与える影響に留意。ミレニアム開発目標の重要性、開発援助に関するコミットメントを再確認

 これは、ブレトンウッズ体制の枠での自由貿易の拡大ということである。WTO・ドーハラウンドが、これまで、なかなか進まなかったのに、どうして、今、急に、合意ができるというのだろうか? 例えば、かつて新自由主義政策を米帝によって導入させられて以降、国内農業の急速な衰退、工業を軸とする輸出策の失敗、大量の移民の国外流出、農村の過疎、等々の悲惨な情況に追い込まれた中南米諸国で、21世紀なってから続々と誕生した反米・左派政権が、以前の新自由主義的政策をひっくりがえしたというのに、帝国主義大国のためにしかならないような自由貿易体制を簡単に受け入れるとは考えにくい。だいいち、米帝は、国内農業を国家保護していて、自由化していない。誰が考えても、こんな状態で、今年中に、WTO・ドーハ・ラウンド交渉が締結できる見込みは低い。こうした空文句を唱え続けるぐらいしかないというのが、ブルジョアジーの実態なのだろう。
 しかし、11月22日の「アジア太平洋経済協力会議」(APEC)首脳会議が発表した「世界経済に関する特別声明」は、「世界経済の成長減速は、現在の経済情勢を悪化させる保護主義的措置につながる危険が伴う」と懸念を表明。WTOドーハ・ラウンドの早期妥結について、前週の金融サミット(G20)では「努力」にとどまった文言を、より強い「誓約」という表現に踏み込んだ。合意を達成するために、12月に交渉を再開するよう閣僚に指示することも決めた」(11月23日付『朝日新聞』)。さらに、麻生総理は、ペルーのリマで、中国の胡錦濤国家主席と会談し、日本が金融サミット約束した「国際通貨基金」(IMF)に最大1千億ドル(9兆5000億円)を拠出するのに関連して、中国に対して、「「貴国のように外貨準備を多く保有している国からの参加を歓迎したい」と呼びかけた。胡主席は、「日中両国は世界における経済大国であり、金融危機にともに努力していきたい」と述べるにとどめた」(同)。この記事は、「中国が公表した「10年末までに4兆元(約55兆円)を投じる」としている内需拡大策について麻生首相は「欧米諸国の経済状況が芳しくない中で一つの正しい道であり、国際社会の好評も得た」と評価した」と伝えている。すでに、国家破産におちいったアイスランドにはIMFが4400億円の融資を決めており、さらにパキスタンも緊急融資を受けている。これまでの1990年代後半の韓国のIMF管理の例などから、IMFの融資には、経済政策の実権が事実上、IMFの手に握られ、構造調整政策によって、人々の生活が困窮化せしめられ、苦難を強いられる可能性が高いことは明らかである。大衆の不満の爆発、怒り、抗議の声の高まり、に対して、政府は、弾圧を強めたり、忍耐を呼びかけたりするだろう。
 他方で、中国の政府系ファンドの中国投資有限責任公司は、自国での失業率が、5年ぶりに上昇し、4・2%に上昇する中で、経営危機に陥ったアメリカの大手保険会社AIGとその傘下のアリコに出資する方向で交渉している。今、金は豊富にあるのであって、過剰になっているのである。金があり余りながら、多くの人々が生活苦や失業に陥るというのが、資本主義の一つの結果なのである。
 アメリカでは、10ヵ月連続で失業者数が増加し、米労働省の雇用統計で、失業率が6・5%と1994以来の高水準に達したことが明らかになった。日本でも、すでに、自動車などの製造業でも、非正規労働者の雇用打ち切りが進んでいる。先のNHK世論調査では、雇用者の4人に1人、とりわけ非正規雇用労働者の多くが、雇用に不安を抱いていることが明らかにされた。すでに、ワーキングプア化が進んでいる若年労働者の労働運動が広まっている。東京ユニオンによる品川の京品ホテルの自主管理闘争が続いている。また、ストライキの波が広まりつつある。それに対して、日本最大の労働組合の「連合」は、非正規労働センターを設けるなどの対策をとってはいるが、アメリカの金融恐慌発生によって、ようやく、11月13日に、厚生労働省に対して、古賀事務局長が、非正規雇用者に対する緊急雇用対策を要請した。フリーター全般労組などの労組に結集した若年非正規労働者たちは、何年も「生きさせろ!」と叫び続けているのに、である。

 麻生自公政権は、IMFに、外国為替特別会計から、最大1千億ドル(9兆5000億円)もの拠出を世界に約束したが、国内に向かっては、一人当たり1万円程度の金のバラ巻きをもって、消費需要の浮揚をはかると言って、人々をばかにしている。金持ちも貧乏人にも、区別なく、一律に支払い、後から、消費税増税で取り戻そうというのである。もちろん、この分だけを後から取り戻そうというのではなく、恒久的に増税を続けようというのである。いったん消費税率を引き上げたら、そのままにされるのは明らかで、子供だましであることは明白である。今のところ、アメリカに比べれば、金融恐慌の影響が少ないこともあって、麻生政権は、まだ余裕を見せている。そして、麻生は、この事態で、財政危機論議など吹っ飛んでしまい、すでに、地方の高速道路料金の大幅引き下げ、農家への直接所得補償などのばらまき政策を、選挙対策としてぶちあげている。それに対して、民主党は、緊急経済対策のための補正予算案に賛成するなどして、政権の延命に手を貸すなど、迷走を続けている。11月19日、小沢代表は、麻生総理に対して、景気対策のための第2次補正予算の策定を要求したが、これは、小沢民主党が、基本的には、国家に救いを求めると同時に痛めつけられている中小ブルジョアジーの利害を政治的に代表していることを表している。その矛盾したあり方から、国家の無駄遣いや肥大化を憎んでいるが、同時に、国家に救いを求めるという矛盾した要求をするのである。それと、大企業正社員労働組合や官公労の、経済的地位の相対的な向上によって生まれた利害を維持拡大するための経済主義的立場が結びついているのである。そして、帝国主義的超過利潤によって買収された上層の一握りの労働貴族が、それを指導しているのである。
 それにたいして、労働者大衆の多数の生活水準は低下しつつあるが、かれらの利害は、小ブルや労働貴族の利害を反映する民主党によっても「連合」によっても、真剣に取り上げられることなく、事実上無視され、政治的に代表されていない。国税庁給与実態統計調査(昨年分)によると、1年を通じて勤務した給与所得者 4,543 万人のうち、年収200万円以下が、1132万人で、1千万人を超えている。もちろん、これは、共稼ぎの既婚女性も、半農半労働者、半事業者半労働者のようなケースも区別なくカウントされていて、生活費とイコールではないから、労働者の生活状況を正確に反映するものではないが、おおまかには、労働者の生活レベルの低下ということが見て取れるデータである。OECD(経済開発機構)は、10月21日、その報告書で、「OECD諸国の4分の3以上で過去20年間に富裕層と貧困層の格差は拡大して」(OECD東京事務所HP)いると述べている。日本のジニ係数は、この10年で、0.32であり、わずか0.0003低下した。低下した原因は、景気低迷で幅広い階層で所得水準が下がったためだという。それでも、今のところ、民主党は、本気で貧困対策を要求することもないし、「連合」は、こうした労働者大衆の側に立ち、政府やブルジョアジーにたいする抗議や貧困対策、下層労働者対策などを要求する大規模な集会一つさえ開こうとしない。このことは、真にプロレタリアートの利害を代表する党と労働運動が必要であることを示すものだ。

経済危機と革命

 このように、経済情勢は、急速に、危機を深めている。しかし、それが、革命情勢を生み出すかどうかをあらかじめ言うことはできない。階級闘争の主体的条件の発展ということと相まって、革命情勢が生み出されるのであって、経済危機がそく自動的にそれを生み出すというものではない。失業の増大や零落化、困窮化が、人々の抗議や怒りや不満を呼び起こし、高め、自然発生的な闘いが起こること、拡大することは疑いない。しかし、それが革命にまで発展していくかどうかは、主体の側の要因によるところが大きいのである。それを、革命にまで発展させる革命的意識、組織、戦術等々が、自然発生的に立ち上がった人々をとらえ、共感を生み、そして、大衆の参加があって、革命につながるのである。ブルジョアジーとその政府に対する大衆の憤激、抗議、怒り、不満の高まりが呼び起こす自然発生的な行動に、組織的表現を与えることは、革命党の仕事の一つである。革命党は、自然発生的に政府やブルジョアジーに対する闘いに立ち上がった人々に対して、敵の挑発にうかつに乗らず、組織的に行動するように注意するが、それを乗り越えて闘う大衆に、闘うべきではなかったとか、早すぎたとか、武器を取るべきではなかった(1905年第一次ロシア革命後のプレハーノフの言葉)とか言って、後からあれこれと高見から論評するようなインテリ的な日和見主義的態度をとってはならない。パリ・コミューンに際してのマルクスや1917年に大衆がボリシェビキの制止を振り切って闘いに立ち上がった後のレーニンがそうだったように、自然発生的に立ち上がったプロレタリア大衆の闘いに、後から、インテリ的な狭い空想的な理想的道徳規準を当てはめて、あれこれけちをつけるという度量の狭さは、革命家には無縁でなければならない。マルクスもエンゲルスもレーニンも、そんなインテリ的なけちくささを持ち合わせていなかった。どのような小さな階級闘争の自然発生的な現れであれ、闘いに立ち上がったプロレタリア大衆の闘争の芽をつんではならない。そうではなく、あらゆるプロレタリア大衆の自然発生的な闘争の芽生えを指導することが、革命的プロレタリアートの任務なのである。しかし、それは、あらゆる闘いにつきものの避けられない誤りや限界を見ないとか、それを正すことをしないということを意味しない。党は、言うまでもなく、誤りや限界を持っている。大衆や闘争も、そうである。それを正すことができなければ、党はもちろん、運動もまた発展することができないことは自明である。例えば、私は、今、フリーター全般労組などの非正規若年労働者の労働運動の高まりを見て、1999年の労働者派遣法の改悪によって労働者派遣業務を原則自由化したことや2005年の製造業への労働者派遣の解禁に際して、この問題をしっかりと分析・評価・批判し、それに対する闘いを呼びかけたり、暴露や労働者に警告を発するのが不十分だったということを反省した。私は、このような誤りを公然と認め、正すことが、大衆の信頼を獲得し、党と階級闘争を強めることになると考える。それは党を強くする。
 そのことは、例えば、先に挙げた1917年7月1日のデモをめぐるレーニンの態度にも見られる。ボリシェヴィキは、「全国家権力をソビエトへ」を掲げたデモを、1917年6月23日に行うことを予定していたが、労働者・兵士代表ソビエト第一回全ロシア大会が、デモの中止を決議した。続いて、ソビエトで多数を握るメンシェヴィキとエス・エルは、ソビエトの会議で、デモに反対した。それを受け入れたボリシェヴィキは、三日間の禁止を決定した。ソビエト大会でが決定した7月1日のデモは、約50万人のペトログラードの労働者が、参加し、多くがボリシェヴィキのスローガンを掲げ、メンシェヴィキとエス・エルの参加する臨時政府を支持する者は圧倒的少数であることが示された。それについて、レーニンは、「6月17日」という文章で、「6月18日は、いずれにせよ、転換の日の一つとして、ロシアの歴史にのこるであろう」「デモンストレーションは、ボリシェヴィキの陰謀家という空文句を、数時間で、ひとにぎりのちりのように吹きとばし、ロシアの勤労大衆の前衛、首都の工業プロレタリアートと首都の軍隊との圧倒的多数は、わが党がつねに擁護しているスローガンを支持していることを、争う余地なく明白に証明した」「6月18日のデモンストレーションは、革命の方向を指示し、行きづまりの打開の道を指示する革命的プロレタリアートの力と政策のデモンストレーションとなった」(レーニン全集第25巻 大月書店 110頁)と述べた。そして、「革命の教訓」では、「略奪戦争が開始されたため、大衆の憤激は、当然のこととして、ますます急速に、強力に増大した。つづいて、7月3−4日に大衆の憤激が爆発した。ボリシェヴィキはこの爆発をおさえようとつとめたが、いうまでもなく、彼らは、この爆発にもっとも組織的な形態をあたえるようつとめざるをえなかったのである」(同259頁)と述べ、この大衆の闘争を評価した。レーニンは、「7月3日−4日の事件でわが党のおかした真の誤りは、党が全人民の状態の革命性を実際よりも低く見ていたこと、ソヴィエトの政策の変更によって、政治的改造の平和的発展をはかることがまだ可能である、と考えていたこと」(『現在の政治情勢についての決議草案』(『革命の教訓 343頁)と率直に党の誤りを認めた。そのことによって、ボリシェヴィキは、大衆の信頼・支持を失わなかった。大衆の信頼・支持を失ったのは、メンシェヴィキとエス・エルの方である。両者は、その後、分裂し、エス・エル左派は、ボリシェヴィキと連立政府に参加した。

党建設、階級闘争、政治的妥協などについて

 拙稿では、党を建設していくこと、共産主義者の統一と団結を作りあげていかなければならないこと、労働運動などの階級闘争を発展させなければならないこと、その武器の一つとして、今日、プロレタリア的な共同政治新聞を発行することが必要であること、等々を提起してきた。それと、われわれの間では、戦術問題と呼ばれる領域、あるいは政治の実践的領域についても考えてみなければならない。その一つについて、レーニンは、「妥協について」という文書で、「政治のうえで妥協というのは、他の政党との協定のために、若干の要求をゆずること、自分の要求の一部を放棄することである」(レーニン全集第25巻 大月書店 333頁)と述べた上で、「ふつう俗物がボリシェヴィキについてつくりあげており、そしてボリシェヴィキの中傷を仕事としている出版物によって維持されている観念は、ボリシェヴィキはどんな妥協にも、けっして応じない、ということである。/こういう観念は、革命的プロレタリアートの党としてのわれわれにとっては、称賛である。というのは、これは、社会主義と革命との基本原則にたいするわれわれの忠誠は、敵でさえみとめざるをえないということを、証明しているからである。だが、それでもやはり、真実をかたらねばならない。こういう観念は真実に一致していない」と述べている(同)。
 このことは、原則についての妥協はしないが、政治的妥協は、当然だということである。それは、「真に革命的な党の任務は、あらゆる妥協を拒否するというような不可能事を宣言することにではなく、すべての妥協を通じて・・・それらの妥協が避けられないかぎり−、自分の原則、自分の階級、自分の革命的任務、革命を準備し人民大衆を革命の勝利にむかって訓練する自分の事業、にたいする忠誠を貫く能力をもつという点にある」(同)ということである。このことは、原則をいっさい放棄せず、堅く守りながら、ブルジョアジーを支持することや小ブルジョアジーを支持するような妥協もありうるということを示している。現にレーニンは、それをはっきりと語っている。

 私は、革命を信じ、革命の事業のために働いているつもりだが、そのために、原則を裏切らないまま避けられない妥協をしなければならない場合があることを当然と考える。そうしないでやっていけるような党など一つもない。バクーニン派のような宗派や頭の中でだけ独立した個人であるように空想して、そんな狭い個人主義的道徳尺度を当てはめることを批判と思いこんでいるようなインテリの類をのぞけば、空想の中ではなく、現実社会に生きて行動し生活している人々の多くは、経験から、そのことをよくわかっているはずである。革命党がおそれるべきなのは、インテリや宗派の説教や非難をおそれて、真実を語らずに、二重基準によって、かえって大衆の信頼を失うことの方である。私は、唯物論者であり、完全無欠の絶対神などまったく認めないし、神の地位に人間が取って代わっただけにすぎない神学的人間主義とか、絶対的自我なるフッサール流の現象学のテーゼなど、空想の産物としか思わない。自我は私的所有によって生まれたというエンゲルスの考えは一般的な意味では正しいと考える。したがって、自我だけを私的所有のような社会的諸関係と切り離して独立したものとして扱うことは、抽象的で、具体的な真実を明らかにするものではないと考える。
 似たようなことは、綱領問題でも言える。例えば、「火花」綱領は、原則的部分と実践部分に分かれている。実践部分には、日本におけるプロレタリア独裁の具体的任務を記している。他の党派の綱領には、最大限綱領と最小限綱領と分けるものもあり、行動綱領が別にある場合もある。「百ダースの綱領よりも一の行動」というテーゼが、マルクス主義者の間でよく言われる。実際、マルクス・エンゲルスが参加して作られた第一インターナショナル(国際労働者協会)には、綱領がなく、規約だけだった。その規約前文は、綱領的内容を含んでいるが、短いもので、「労働者階級の解放は労働者自身の事業である」などの基本的なことがいくつか書かれているにすぎない。思想上・認識上の完全な一致よりも、実践の利益を重視していたのである。したがって、第一インターは、オーエン派などの宗派も参加していたように、多様な思想傾向の人やグループを含んでいた。バクーニン派は、当初、マルクスの示した基本的な短いテーゼを支持して第一インターに加盟したが、やがて、内部に、秘密の宗派をつくり、行動の一致ではなく、バクーニンの宗派的認識や思想ややり方を第一インターに押しつけようとした。バクーニン宗派に対するエンゲルスの批判は、前号の拙稿で引用してある。第一インターは、パリ・コミューンに参加し、フランス政府の弾圧を逃れてイギリスに亡命してきたコミューン戦士の救援を行い、世界各国に労働組合・労働運動を生み出し、労働者党・社会主義政党を生み出した。第一インターは、このような実践的に具体的な成果をしっかりと残したのである。レーニンのものを読むと、基本的なマルクス主義の原則さえ一致すれば、あとは行動の一致を重視していたことがわかる。1917年のトロツキー派との合同がそうだし、党内には、つねに反対者がいたが、行動において一致できる限りは、党からあまり排除しなかった。そんなことをしたら、1917年のレーニンの「4月テーゼ」は、最初、党中央で、圧倒的多数が否決し、レーニンは極少数派になったから、レーニンはボリシェヴィキから出なくてはならなかっただろう。ジノヴィエフやカーメネフなども少数派になったが、その後も党の中枢にあり続けた。もちろん、原則上の意見の対立となれば、レーニンは妥協を排した。メンシェヴィキは、どうしても党内多数派になれないというので、別の党を作り始め、分裂を強行したのである。かつて、認識の厳格な一致をもって共産主義者の統一を進めようとした宗派的なグループがあったが、その結末は、メンシェヴィズムへの転落であることは、こうしたことからも明らかである。しかし、原則における一致は、堅く守らなければ、逆の誤りに陥るのであり、それも排さなければならない。
 綱領や規約などの基本文書は、絶対になければならないということはないが、あった方がよい。なぜなら、それは、大衆が党を判断する際の旗印だからである。どのような団体であっても、団体としてのルールや目的などの共同意志を示すものを持っている。明文化されない約束事でもそうである。それを基準にして、人々はその団体の実際を判断する。団体が表向き掲げる基準と実際にやっていることとを比べるなどして、その団体を評価し、参加・不参加・脱退などの行動を起こす。とはいえ、こうした基準は、特定の具体的な限界内で通用するだけであり、規定されていること以外についてまで拘束するものではない。基本的に、こうした基準を支持するかどうかは、自由意志によるのであって、団体意志が拘束するのはその一部である。例えば、われわれは、分派の自由を認めており、綱領であれ、戦術・組織総括であれ、党の問題について、基本的に、批判の自由、意見の自由な表明を認めている。その上で、行動の一致で団結するということであり、それを、80年代に、「論戦と共同行動」というスローガンで表明した。現に、われわれは、「火花」誌上で公然と議論を行ってきたが、党の団結を基本的に保ってきた。それは、メンバーが、原則の一致を守ることと行動における一致、政治的妥協、を当たり前のこととして深く身に付けているからだろう。そうしたことが、習慣にまでなっているからだろう。それが、生きた弁証法的態度というものである。
 そのことは、全日建連帯労組関西生コン支部の労働運動にも見られる。関生労働運動の産業政策闘争に対して、労資協調だとか労使共同だとかいう批判があるが、それは、労働者が資本の政策や利害を動かすという反独占経済民主主義闘争を嫌うセメント独占などの独占資本が、こうした試みを妨害するために流しているデマであり、それと声を合わせて組織防衛のために日本共産党が流しているデマである。関生支部は、独占の意志や利害を押しとどめ、逆に独占に労働者の意志と利害に従わせるために、資本家との話し合いの場を作っているのである。そこで、組合の要求をできるだけ資本側に押しつけようとするわけだが、それは妥協をともなうことがあるということは、現実の情況・条件を考えれば、避けがたいことで、仕方のないことである。できるだけそうしないように努力しても、多少の要求の譲歩はやむをえない。それは、原則の取引ではなく、政治的妥協である。旧同盟のように、そこで、労資協調を原則としたら、それは、いうまでもなく原則の放棄である。だが、関生支部は、独占資本との政治的妥協をしても、ストライキなどの実力闘争も止めないで、闘い続けている。労使の共同の場を原則の取引の場とする同盟とあくまでも部分的で政治的妥協の取引の場とする関生とがまったく違うことは明らかである。後者は、労働者の闘う力を伸ばし、階級的な自覚を高め、労働者が資本を統制し、資本家階級を打倒する主体であるという確信と自身を深め、次の社会を自らが主体となって作り、運営していくという自覚を高める。そうではなく、原則を取り引きして、労資協調の原則を資本と共有したら、そうした場は、資本の意志が完全に支配する場になり、そこで本当に資本の賃金奴隷として資本の意志に労働者が屈服することが原則となって、圧倒的に強力な資本の意志を労働者がのみ、多少の譲歩をえるだけの場になる。労働者は、妥協で獲得したものを、当然の権利として堂々と受け取る。それに対して、後の場合は、妥協の産物を資本の情け深い思いやりによって得た恩恵のように思い、資本に屈服し屈従して受け取る。前者は、労働者の自信と自覚を高め、闘いへの確信をより深めるが、後者は、資本に、媚びを売って、ちっぽけなエゴを満足させるだけの卑屈な態度を労働者に感染させる。両者の違いがわからないばかりか、独占資本の意志を代弁し、組織防衛のために、こうした悪口やデマを流し、関生つぶしを行う日本共産党は、共産主義の看板を汚す独占資本の手先になりさがっているのである。
 もちろん、われわれは、原則をいっさい捨て去ることなく、こうしたスターリニストと限定的な妥協をすることがあろう。それが、革命のためになり、革命的プロレタリアートのためになる限りでのことである。それは、具体的な条件次第である。だが、そうしたからといって、われわれは、スターリニズム批判を止めない。同じように、たとえ、われわれが、ブルジョアジーの政策を、革命のため、革命的プロレタリアートのために、避けがたい妥協として支持するような場合があっても、革命の宣伝・扇動・活動を止めないし、階級闘争を止めない。例えば、めったなことではありえないことだが、もし万が一、日帝政府が、アメリカのイラク戦争に反対して、米軍の撤退を要求するというような場合には、それはその時の条件、情勢、階級闘争の状態、等々の多様な側面をしっかり検討し判断した上で、それが革命の利益になり、プロレタリアートの階級闘争の利益になると判断した場合には、支持することがありうる。そこで、小ブル道徳やインテリ道徳を基準にして、道徳的に批判するという、非実践的・観照的で無力な態度をとったり、傍観者として振る舞うことはしないだろう。そこで、いいかっこうをして、結果的に大衆を騙すというようなことはしないで、真実を率直に語り、大衆の判断を受ける方を選ぶだろう。われわれは、すでに、そうしたことで、小ブル的インテリ的道徳の持ち主たちの憤激を買ったことがある。われわれは、それによって、プロレタリア革命の原則的立場をいささかも捨てなかった。それに対して、われわれを非難した方が、今では、政府やブルジョアジーに妥協的な立場を取っている。われわれは、うわさでは、とある宗教団体内部の会合で、「火花」を過激派と評したということを聞いたが、これは、われわれが、原則的であるということを証明するもので、私は、これに誇りを感じた。われわれが、原則において、宗教と相容れない唯物論者であり、資本主義と相容れない存在として認められたというふうに思ったからである。だからといって、われわれが、宗教者との妥協や共同行動を一切排するというようなことはない。

 時代は、金融恐慌から世界的な経済危機の過程へとすすみ、資本主義の危機が進行する情況に入っている。多くの大衆の生活が脅かされ、失業や生活苦や零落に見舞われている。その影響は、とりわけ下層労働者大衆に厳しいものとなることは言うまでもない。それにたいするプロレタリア大衆の自然発生的な憤激が高まり、大衆が、自然発生的な行動に立ち上がりつつある。共産主義者は、プロレタリア大衆の自然発生的な行動に参加し、共同行動を行うことが必要である。そして、そのような自然発生的なプロレタリア大衆の闘争の究極的勝利のため、革命的プロレタリアートが支配階級になること、資本主義の廃絶、プロレタリア独裁を一次的過渡的な転換期の権力としてうち立てること等々の革命的な意識をかれらの間に広めていかなければならない。そのために、労働者との共同行動を行うことが必要である。プロレタリアートの共同政治新聞は、その強力な武器となるだろうし、そうする必要がある。共同政治新聞は、プロレタリアートの演壇である。この演壇から、革命的意識を短く要約した革命的スローガンが発せられねばならない。それは、理論から現実が出てくると考えるような形而上学的学問・研究から出てくるものではなくて、プロレタリアートの闘いの中、その経験、その総括、それと、それを深く考え抜いたものと革命的インテリの実践的知識との融合によって生み出されるものだろう。それは、マルクス・エンゲルスのような革命的インテリとプロレタリアートとのコラボレーションによって生み出されるものだろう。もちろん、われわれは、プロレタリアートの中から生み出されてくる革命的プロレタリアートを党の隊列に加えていかなければならないし、かれらによっても、革命的意識や革命的スローガンが生み出されるだろうし、そうなるようにしなければならない。いずれにしても、革命的意識を発展させ深めるためには、政治論議と政治経験が必要であり、それから学び、議論し、検討し、分析・評価・判断することから、革命的スローガンが見いだされるだろう。1917年革命における「全権力をソビエトへ!」という革命的スローガンは、ソビエトの労働者大衆の闘いの経験から学ぶと同時にマルクス主義の基本原則が結びついたものである。プロレタリア大衆に指針を与えようとした時に、共感をもって受け入れられるかどうかは、現実が示すことである。階級階層間の相互関係の現実をしっかり把握し、大衆の気分や状態を深く知り、大衆としっかりと結びつくことによって、その可能性が高まるのである。

 その点で、アメリカの大統領選挙で、民主党のオバマを黒人初の大統領に押し上げた黒人下層やマイノリティー、移民労働者、そして、社会運動ユニオリズムの労働運動、などの政治行動に注目すべきである。
 11月5日付CNNニュースによると、「出口調査の結果、18歳から24歳の有権者は68%がオバマ氏に投票し、共和党のジョン・マケイン候補に投票したのは30%にとどまった。25歳から29歳の層でもオバマ票が69%、マケイン票は29%だった」。そして、「黒人有権者はオバマ氏支持が96%と圧倒的で、マケイン氏に投票したのはわずか3%のみ。ラテン系はオバマ票が67%、マケイン票が34%だった」。これまで、煩雑な有権者登録手続きなどの壁に阻まれ、読み書きのあまりできない黒人下層や移民労働者などの下層の人々は、投票という政治行動に参加できず、大統領選挙などのブルジョア民主主義制度から事実上排除されてきた。それが今回、ついに、大規模に、この過程に参加し行動したのである。政治に目覚めたのだ。今回は、社会的労働運動の労働運動活動家やボランティアが、登録手続きを助けるなどして、かれらの投票を助けたという。それによって、ブルジョア民主主義に参加し、かれらの政治意志や要求を、オバマ支持というかたちで示したのである。オバマは、ブルジョア政党である民主党の大統領であるにすぎず、ブルジョア民主主義派にすぎない。現に、オバマは、「われわれは広島と長崎に原爆を落として、ニューヨークと国防総省での犠牲者をはるかに越える数十万人を殺している。これはそのしっぺ返しで、米国人によってもたらされたテロだ」などのアメリカ批判発言を繰り返す所属した教会の師のジェレマイア・ライト牧師と4月に絶縁し、教会を脱退したように、ナショナリズムに大きな譲歩をするなど、大統領になるために、下層の利害を捨て、薄めて、上層にすり寄っている。オバマは、イリノイ州シカゴで行った勝利演説で、「私たちはひとつの国民」だの「人民による人民のための人民の政府」だの「共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するもの」だのとブルジョア民主主義的な価値観を披瀝している。極めつけは、「老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の寄せ集めだったこともないと。私たちは今も、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)なのです」(11月5日付gooニュース)というところである。金持ちの多くは、マケインに投票したに違いないし、貧乏人は、金持ちと一体となるために、オバマに投票したわけではない。かれらが、金持ちをますます富ませ、貧乏人をますます貧乏にする金持ちのために働く共和党ブッシュの政治をなくしたいから、オバマに投票したことは明らかだ。かれらが求めたのは、そういうチェンジである。オバマは、大統領になるために、かれらの希望を引きつけながら、同時にかれらの願いを踏みにじるということをやって、あっちこっちにいい顔をして、権力の座についたのである。だから、こういう聞こえのいい、甘ったるい言葉で、「新しい愛国心」の必要を説いているのだ。下層の側に立つなら、彼は、上層の金持ちのいやがるようなこと、例えば、金持ちへの増税などの痛みを押しつけなければならない。それに抵抗するブルジョアジーを、説得であれ、強制であれ、平和的であれ、暴力的であれ、その意志に従わせなければならない。それに逆らう金持ちと下層の利害に立った意志は対立し、それは当然、「一つの国民」ではなく、「国民」の分裂を意味することは、誰が考えても明らかだ。だから、この演説は、一つの幻想的なビジョンにすぎず、現実を覆い隠すごまかしである。そのことは、これからのオバマが実際にやることを見ていけば、明らかになる。彼が、どの階級階層の利害に立つ政治家であるかがはっきりするのである。
 オバマ選挙で、われわれが注目し、評価すべきなのは、大統領選挙はブルジョア民主主義の政治制度ではあるが、そこに、これまでブルジョア政治から排除され政治参加をあきらめさせられ、絶望させられ、政治的行動することのなかった大量の下層の人々が参加し、政治参加し政治経験をしたということである。かれらの独自の利害は、まだ明瞭な姿をとっていないが、目覚め始めたかれらは、その政治経験をもとに、それを自覚し、意識化するだろう。それを助け、その過程をはやめ、明瞭にすることは、革命的プロレタリアートの任務の一つである。下層の人々(レーニンなら遅れた人々と言うところだが)が、政治生活に目覚め、政治参加したという経験を通じて、労働者民主主義に近づいていく一歩を踏み出したということが重要である。政治経験によって、ブルジョア民主主義の欺瞞を知ることが必要なのであり、こうした政治経験なしに、革命的プロレタリアートが形成されると考えることは、小ブル的な空想的考えであり、人々を無気力にするインテリ的な抽象的な理想主義の尺度を現実に無理矢理当てはまることであり、有害な考えである。自らの頭の中で空想して作り上げた幻想像や理論を基準にして現実をはかり、その基準にあわないと、現実をのろい、現実から逃避し、政治を拒否する、などとわめきたてて、人々を無気力にするものである。かれらは、頭の中の幻想にリアリティを覚え、それに現実が合わないと、現実の方を幻想の方に無理に合わそうとする。私は、革命の夢や理想が必要であることを認めている。私の夢見る革命は未だに私の頭の中にしかない理想であることをもちろん自覚している。しかし、その実現には、現実の諸条件が必要であり、それとかけ離れた非現実的な空想を立てたり、現実的条件を無視するやり方でそれが実現できるとはまったく思わない。そうではなく、現実の階級闘争が示しているものを深く知り、分析・検討・判断することから、方向性を見いだし、表現しようとする。下層の人々が、ブルジョア民主主義政治に参加したことは一つの前進である。ブルジョア民主主義の欺瞞性を政治体験で知れば、それは一つの前進である。このような現実的な前進の過程を体験しないことは、一つの後退である。バクーニン主義はそうした後退を正当化した宗派であり、こういうブルジョア政治への参加をプロレタリアートの抽象的な理想像に照らして批判し、その幻想の神聖さが汚れるように感じ、政治への不参加を主張した。バクーニンは、神の代わりに人間礼賛に陥ったフォイエルバッハ主義の信奉者で、人民やプロレタリアートや民族を人間という神の特殊形態として祭り上げたのである。かれらは、当然のこととして、階級闘争の前進によって、消えていった。現実の運動の発展が、バクーニン主義を乗り越えてしまったのである。
 また、アメリカの社会運動ユニオリズム系労働運動が、そこに接近し、それを助けたことは評価すべきである。もちろん、かれらの中にあるブルジョア民主主義への幻想とは闘わなければならない。オバマ政権は、アメリカで巨大な人口を占めるに至った下層の利害を代表するものではないし、そのことはやがて誰の目にも明確に暴露されるだろう。それを早めることも、革命的プロレタリアートの宣伝・扇動の任務の一つである。

 当面のアメリカのブルジョア政治は、オバマ民主党が選挙を通じて構築した「オバマ連合」と呼ばれるブルジョア民主主義派のヘゲモニーの下での民主主義的勢力の利害を代表するものとなろう。これは、雑多な連合で、政治的に構築されたものである。その構成や内容について、もっと詳しく調べてみなければならない。それに対して、こうした階級階層の利害を代表しようとする革命的プロレタリアートは、プロレタリア民主主義のヘゲモニーの構築を通じて、下層のヘゲモニーの下に、新しい労働者民主主義的政治勢力を構築するという政治を生み出さねばならない。レーニンは、ソビエト革命政権を、労農大衆の革命的民主主義的独裁と位置づけた。それは、都市の組織されたプロレタリアートと農民の連立政権を意味した。実際に、10月革命で成立した政権は、1917年12月から1918年3月まで、ボリシェヴィキと左翼エス・エル(エス・エルはナロードニキの流れをくむ農民を代表する政党)との連立政権であった。オバマを大統領に押し上げた下層の人々が、差別からの解放を求めているのは明らかである。これは、民主主義的要求の一つであり、平等の要求を指している。ブルジョア民主主義は、形式平等にとどまり、欺瞞的な平等を意味するにすぎないことは、この間の世界のブルジョア国家の現実が示している。民族・人種間、男女間、社会格差、等々の差別を、多様性や個人の自由などのイデオロギーで正当化し、粉飾している。ブルジョアジーは、好き勝手な理屈をつけて、差別を正当化しているが、それが欺瞞にすぎないことを下層大衆が経験によって急速に学びつつあることを、オバマ選挙が示した。それは、日本でも進んでいる。差別からの解放要求は、ブルジョアジーが、階級差別を基本にして、その他の差別を利用しているから、階級闘争と結びつく条件がある。資本主義的差別は、プロレタリアートがブルジョアジーの抵抗を粉砕するプロレタリア独裁の時期をへて、ブルジョア社会の根本からの変革を実現する中で、本格的に解消に向かうのである。もちろん、ブルジョア社会の中でのある程度の解消は可能であり、理論上は、階級差別以外の差別については、解消可能であるということは一般的には言えるが、実際は、そういうことにはなっていない。資本主義的差別があり、それは階級差別と結びついている。資本主義的能力主義からする障害者差別などである。そして、帝国主義民族に隷属させられ搾取・収奪されている従属的民族を見下すような帝国主義的な民族差別は、「国民」全体が、別の「国民」全体をプロレタリアートとして搾取・収奪し従属させていることを基礎にしている。もちろん、「国民」は、様々な階級階層に分かれており、一握りの支配階級が、被支配階級を搾取し従属化している。だから、抑圧国の被支配階級が被抑圧国の利害を取り上げ、帝国主義的支配階級と闘うという国際主義的な闘争を行わなければ、被抑圧民族との連帯をうち立てられないし、そうであれば、相互のブルジョアジーがあおり立てる民族対立による妨害をうち破って、プロレタリアートが国際的に連帯するというプロレタリアートの利害の実現が進まないのである。ロシアのブルジョアジーが、ブルジョア革命を徹底的に推進せず、君主制と封建勢力に妥協したように、現実は、理論的空想的図式どおりではないのである。真理は具体的であるというヘーゲルの言葉は、マルクス・エンゲルスが評価する言葉であるが、現に差別があるという事実から学び研究することから、理論を形成しないと、とんでもない空想を現実と思いこむような観念主義に落ち込んでしまいかねない。一般民主主義は、そこに向かうべき理想を示し、現実が近づくべき状態の理想の一般的に表現している。その基準に照らして、現状の段階を判断するということである。それは、人々が要求しているものを一般的な目的としてまとめ表現したものである。ブルジョアジーに対して、このような要求を突きつけていくことは当然であるが、それは改良闘争であることを、プロレタリアートはいささかも忘れない。革命的プロレタリアートは、改良闘争を当然行うし、それを止めないが、同時に、社会の根本的変革のために闘うのである。そして、改良によって革命があたかも必要でなくなるかのような幻想とも闘うのである。そんな幻想を広めているのは、社会民主主義者やスターリニスト日本共産党である。もっとも進んだ資本主義国で、民主主義と自由がもっとも発展した国と言われるアメリカで、差別がなくならないことは、帝国主義ブルジョアジーに、一般的民主主義を発展させる進歩性がないこと、階級差別を基礎に、様々な差別が生み出され、再生産されるようになっていること、等々を示している。差別解放は、ますます階級闘争と結びつかざるをえないように、密接に関連するようになっているのである。以前拙稿で引用したバーグマンは、オーストラリア労働者組合は、先住民アボリジニーや女性、移民などの差別問題の解決を労働運動と結びつけて取り組んでいることを紹介している。アメリカにおいても、そうした労働運動が発展してきている。今回のオバマ選挙で、下層大衆が政治に目覚めたことは、アメリカの階級闘争が前進しつつあることを示した。

 日本でも、麻生政権が、口当たりのいいリップサービスを行って人々をだましながら行っているブルジョア政治を下からうち破る階級闘争を発展させなければならない。『火花』第三回大会で採択された諸文書が言ったように、われわれは、差別解放の民主主義闘争や労働運動における改良闘争などを闘うが、同時に、プロレタリアート独裁を目指す闘い、共産主義革命、革命的政治闘争、革命的労働運動等々を闘う。そして、われわれは、階級闘争が、政治闘争でもあり、ブルジョア対プロレタリアートの権力闘争でもあり、その一形態である武装闘争を含むという当然の真理をいささかも忘れることはない。われわれは、そのために、自己変革を行って、今日の階級闘争の特徴にあわせて行かなければならない。金融恐慌の発生や世界経済危機、格差の拡大・固定化、米帝のイラク占領支配、アフガニスタンでの戦争、グルジア戦争、若者の非正規労働運動の高揚や小規模ながらも起こりつつある日本でのストライキの増加、ヨーロッパで拡大する労働者・学生のストライキの波の高揚、中南米における反米・左派政権の大量の誕生、チベット人の民族解放闘争の激化、等々の世界の階級闘争情勢の流動化が急速に進んでいる。それがただちに、そして自動的に革命に転化するというふうに考えるのは、カウツキー主義的誤りである。これは、革命的危機の深化であって、それを革命情勢に転化させるのは、階級闘争である。それを革命にするのは、革命的プロレタリアートの任務である。それには、革命的政治のヘゲモニーなどの主体的条件を形成することが必要である。プロレタリアートの中から、革命的プロレタリアートの働き手をわれわれの隊列に加えていかなければならない。狭量で小ブル的で日和見主義的なインテリゲンチャはたくさんである。かれらのくだらないおしゃべりにつきあっている場合ではない。われわれは、かれらを信用せず、革命的プロレタリアートを信用し、革命を信じるかれらを重要な仕事につかせていくべきである。今、試されているのは、われわれなのである。




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