唯物論戦線の構築のためのノート(5)
流 広志
316号(2007年12月)所収
廣松渉氏の共同主観論的規範論・倫理学についてii
廣松氏は、『世界の共同主観的存在構造』のIIで、一 主観性の存在論的基礎、第一節 身体的自我と他在性の次元、第二節 役柄的主体と対他性の次元、第三節 先験的主観と共存性の次元、二 判断の認識論的基礎構造、第一節 判断論の心理学的諸相、第二節 判断論の意味論的諸相、第三節 判断論の構造論的位相、を論じている。これらは、興味深い論点を様々含んでいるが、本稿のテーマを端的に論じている三 デュルケーム倫理学説の批判的継承に進むことにする。関心のある方は、直接当たられたい。
廣松氏は、デュルケーム社会学の倫理説に注目する。デュルケーム社会学については、本稿でも簡単に見た。
廣松氏は、「デュルケームの倫理説は、道徳の科学を標榜する道徳社会学(sociologie morale)の名を以って知られる」(前掲書251頁)という。「道徳社会学は、規範学としての規範学でないことはもとより、「応用科学」でもなく、道徳現象をそれ自体として「その固有の法則性において」理解することを図る事実学である」(同)。
問題は、この事実学が、特殊的総合観を立場的前提としているということである。この特殊的総合とは、全体は部分の総和以上であり、部分の代数和・機械的集合ではなく、化学的・産出的な総合であるということである。したがって、デュルケームは、一種独特の社会的実在論と社会的事実を「物」として扱うという方法的基準を立てるわけである。
氏は、デュルケームの考えを推測して、次のように言う。「デュルケーム社会学によれば、超個人的な人格としての社会という実在が、その二系列の作用様態において顕れるところに道徳現象が成立する。すなわち超個人的な人格としての社会が個人に対して外在的である限りで強制力として(義務・規則)発現し、諸個人に自律的な行為を機縁づけること、ここに道徳現象とその拠って立つ所以がある」(255頁)。
廣松氏は、道徳は、(1)義務・命令された行為・規律の精神、(2)非人称的なものにたいする愛着、(3)自由意志による欲求、の三点において、成立するものだという。それから、社会的事実の三つの契機をあげる。すなわち、(1)道徳的実在は、複合的なものであると同時に単一のものである、(2)道徳的実在に統一性をもたらしているものは、それの基体となり、その本性を表しているところの具体的な存在、すなわち社会のそなえている統一性にほかならない、(3)「義務と善」、これら二つの道徳的要素は、同一の実在の二側面にすぎない。これらの二系列の作用様態において顕われるところに道徳現象が成立する。すなわち超個人的な人格としての社会が個人に対して外在的である限りで強制力として(義務・規則)、それが、にもかかわらず個人に対して内在的である限りで望ましきものとして(善・愛着)発現し、諸個人に自律的な行為を機縁づけること、ここに道徳現象とその拠って立つ所以がある(255頁)。
重要なのは、道徳社会学が、理想という社会事実を認識することによって、道徳的実在の改善やわれわれの行為を向けるべき方向を見い出さしめるということである。「さらにはまた「われわれが漫然と目ざしている理想を決定せしめる」。この限りで、道徳社会学は実践的指針を提示しうるのであって、決して観賞的な学たるに終始するものではない」(256頁)。「そもそも「社会的連帯の基礎条件を示すというところに道徳の特質が存する。個人を一全体の構成部分として仕上げることが道徳の本質的な機能である」(同)。氏は、この点に、道徳社会学あるいは倫理学の特徴があり、それが、事実学か主観的な道徳的説教に堕している既存の道徳論・倫理論を批判する視座を見いだしているのである。すなわち、人間のごとく社会生活を営む者においては、この「有機的に組織化された生活形態に照応する規則性が必要となり、「あるべき人間関係を律する基準を定め、個人をこれに従わせしめる必要がある」。ここに道徳の存在根拠がある」(同)というのである。
そして、「この道徳の要求を要求する社会的有機体が超個人的にしてしかも外在的・内在的であるところから、それは往々にして「神格」として意識され「義務と愛着」とはこの神格との間に成り立つものとして表象される。「社会は人間から神を創り出し、自からそのしもべとなったのである」。ここにいわゆる神聖性と道徳性との並行的対応が存在する結果となり「宗教生活の中心たる神が同時に道徳的秩序の最高の守護者」であること久しきに亘ったのだが「神は今日ではもはや道徳の番人たるにすぎない。――今やわれわれは、神と道徳という二つの仕方を一体化させていた絆を一刀のもとに両断する日を歴史の流れのうちに迎えている――今やその機が熟したのである」(257頁)というデュルケームの発言を引用している。
ニーチェは「神は死んだ」と宣言したが、18世紀唯物論者は、神を事実上棚上げにすることによって、フォイエルバッハは、神を人間が創り出した創作物であることを明らかにすることによって、そして、マルクスは、それを、物的生活の社会関係の歴史的反映物として扱うことによって、それぞれ、道徳の根拠としての神の死をそれぞれ明らかにした。ニーチェは、道徳の基礎を、負債の概念に求めたのであるが、それは、社会関係のある一面を抜き出したものに過ぎず、道徳論としての全体性を持つものではない。それに対して、デュルケームの道徳社会学は、歴史的社会的総体との関係において、道徳・倫理を扱う可能性を与えたのである。廣松氏が指摘するのはそのことである。
デュルケームは、道徳現象を、社会的歴史的な形成物として扱う方法を開示し、神に代わる社会の「魂」の開示によって、道徳的行為の指針を提示できると考えた。それに対して、旧来の倫理学は、「(1)人間性は時と処にかかわりなく同一であり、(2)道徳意識は調和的にして矛盾なき体系をなす、という二つの公準のもとに構築されている」(259頁)。「伝統的な倫理学においては、道徳が神与のものとされるにせよ、人間の自然に具わるものとされるにせよ、”真の道徳”を以って恰かも人間なる存在にとって超歴史的に普遍妥当性をもつ筈のノルムとして想定する傾きがあった。従って、そこにおいては、あるべき道徳が問題であり、現実に見出される道徳現象、実定的な道徳律と人々の道徳意識は、高々”真の実在”の歪んだ発現、それの”現象”たるにすぎず、これの実証的な研究においては、道徳を本源的に社会的・歴史的な形象として把握することによって、歴史的所与としての道徳事実研究こそが、倫理学の本質的な契機となる。現にこの学派においては、倫理学が一個の実証的な歴史科学となったのである」(261頁)。
「そもそも道徳法則が成立するのは、文法規則の場合も同断であるが、いわゆる自然法則とは畢竟、人々がそれに則って思惟し、それに則って行為するが故であって、それはあくnanpiore de pensore et de faire である。しかも人々がそれに則るのは、それが強制的権威をもっており、愛着saticcher すべきものとして意識的ないし前意識的に意識されるからである」(264頁)。
それに対して、デュルケームの後継者たちは、「人々が則るべしという強制を感ずるところの当の規則体系を、脱主観化して、それ自体として研究したのであったが、デュルケームはこのいわばラング langue の次元の法則それ自身ではなく、いわばランガージュの場面における合法則的規制を問題にしたということができよう。そして道徳科学が単なる思弁に終わることなく、実践への指針―それが道徳教育への指針という形で間接的であるにせよ、直接的に世人に訴えうるものであるにせよ―として有効性をもつことを欲するならば、まさしく右にいう「ランガージュの場面」に関する科学的な研究が不可欠である。この志向と、その可能性を欠くならば、倫理的事実法則の研究は―人々の文法意識を端的に脱主観化した文法規則の研究と同様―高々好事家の記録趣味を満足せしめるものでしかありえない。もとより十全とは云い難い」(同)という限界があると廣松氏は言う。
デュルケームは、社会的事実を「物」として扱うことを主張したのであったが、この規定によって、彼は、社会唯名論をしりぞけ社会実在論の立場を標榜するとともに、他方では社会有機体説という形での社会実在論をもしりぞけたと廣松氏は言う。社会的事実は、個人の生理・心理的な営みの代数和以上であり、諸個人の意識にとって”不透明”である。したがって、それは観察と実験によってしかアプローチできない「物理現象」と同じ外的存在である。しかし、この「物」は、物理・科学的現象体とは異質である。それは、「人間の思惟と行為の様式」である。そして、それはさらに集団表象と規定される。
現実には、「「有機的総体」と称されるものしか存在しないのであって、集団表象が「より以上」として存在するのは、アトマの代数和が「より以下」であることによる。従って実相をとらえるためには「アトマの意識・行為」という擬説に隠して生じた「より以下」すなわちグリーダーとアトマとのギャップを埋めねばならない。このギャップがいわゆる集団表象としての性格を帯びている。コギトーは本源的にicleation collectiveとしてのコギタースム(われわれは惟う)であり、facioはそもそもfacimus(われわれは為す)である。「思惟と行為の様式」は本源的に集団的・共同主観的である。この共同主観的な思惟と行為のobleation-obliectirationそれがデュルケームのいうfait social にほかならない」(267〜8頁)というのである。
また、人々の意識は「絶えざる集団的命令 impereeatifsの圧力のもとにおかれている
」ために、共同性、同調性をもったものに仕上げられるのであって、対象―ならびに、その触発によって生ずる精神・物理的個人心理の状態―によって意識状態が決まるものではない。そしてそのことは“高等な精神作用”になればなるほど著しくなる価値判断はその最たるものということができるよう。しかるに旧来の理説は、意識、判断、価値判断を、対象と個人的主観との関係で律しようと努め、意識の社会性をも高々その複合としか考えぬところから、共同主観的一致の在所として、価値という客観的対象性を要請することになる。そして、果ては、形而上学的な超越的価値存在を立てたり、本質直感において与えられるとか称する価値対象性“錯視”することになる。/われわれとしては、これに対して、デュルケーム学派の視角を継承し、コペルニクス的転回をおこなって、価値判断の共同主観的一致、それがいわゆる“客観妥当性”の存在根拠であることを反定立すべきだと考える」(270頁)。
次に、氏は、「われわれの考えでは、倫理学とは畢竟するに当為意識の反省的基礎づけDie reflektierende Begrundung des Sollen-Bewustseins の学といいうるのであるが、―当為意識をいかに説明しうるかという問題」(271頁)に移る。「一方では人間は人格に固有な、絶対的・先天的なinnere orientierende Aktualitat 命令者の自己意識として、他方では超個人的な人格に発する絶対的な命令の組織として、二極的な当為の意識への理念化を形成しつつ、その実は具体的な諸人格相互間の強制・強圧を通じて、共同主観的に一致する当為ならびに規範の体系が成立するのである」(273頁)。
そして、氏は、「当為意識の成立条件にかかわる命令と抵抗との動力学は何によって決定されるか、何が命ぜられるか、当該社会集団において抵抗に打克って遵守される命令はいかなる種類のものであり、その興廃は何によって決定されるか、等々、当為意識、したがってまた道徳体系の歴史的社会的被制約性とその変遷とを決定する要因の確定を必要とする」(同)。そしてそれを、「存在がいかにして意識を、そして無意識を決定するか、一言でいえば、下部構造がいかにして上部構造を規制するかという問題にもほかならない」(274頁)と言う。
最後に、「与えられた歴史的社会の内部においては、なるほど上述の通り、可成り広汎な共同主観的に一致する心態 ich als wir.cogito cum cogitamusが存立しており、ここに「集団表象」の認められる所以もあるが、しかし「集団表象」は、諸個人とその意識は、動力学的総体の一項として、動かされ動かすものとして存立する。倫理学者とその主張自体、かかる動力学の一項であって、それは集団表象の大枠を超えることはできないにしても、個性的な契機をそこに持込むことにおいて集団表象を存立せしめ、それの変遷を促す一契機としてはたらいている」(277頁)という。
ここまで、廣松氏の規範論・倫理論を視てきたのであるが、それは、共同主観性を根拠として客観性が成立するという認識論を基礎にしたものであった。道徳は、共同主観的一致として形成され、それが外的強制と同時に内的な愛着として、思惟と行為の様式を共同で規制せしめるところに成立するとされる。それはしかし、動力学的に絶えず運動しているために、歴史的社会的に変化するものである。しかもそれは下部構造による上部構造の決定というマルクスの唯物史観の法則に従うものである。しかし、同書においては、心理・意識の学としての認識論の枠内で論じられていて、マルクスが、下部構造の解明の鍵を経済学に求めたのに対して、ほぼ上部構造の領域の議論に終始している。ただし、マルクス・エンゲルスは、認識論を否定したわけではなく、そうした領域については、後の課題に残されてきただけである。その点を廣松氏は追求したことは評価すべきである。従来、マルクス主義者にとって、倫理の領域は、ブルジョア道徳批判が、道徳論自体の忌避として現れているように見えるなど、手薄な領域である。その弱点を保守主義者につかれて、マルクス主義といえば、反道徳・非道徳的なものとして批判されてきたわけだが、エンゲルスが、『反デューリング論』で、プロレタリアートの未来道徳を云々したように、マルクス・エンゲルスは、道徳論を否定したわけではない。ブルジョア道徳に対して、プロレタリア道徳を対置することは、ブルジョア道徳が不道徳に転化して、国家的強制を道徳にすり替えようとする動きが活発化している現在、喫緊の課題と言える。そのことは、新自由主義など今日流行のグローバル化の無道徳の世界的な蔓延の時代においては、なおさらである。言うまでもなく、未来を先取りしているプロレタリア道徳行為は、現時点では、ブルジョア道徳によって、反道徳的なものとされる。例えば、労働者が工場で共同で使用している機械を実際に共有物として扱かえば、私有制をたてに、資本家から不道徳として非難される。ところが、実際には、資本家は、機械を操作することもできず、生産も労働もできない。機械の所有者というだけである。実際に機械を動かし、それの使い方に熟知し、それを使いこなしているのは、労働者なのである。もちろん、そこには、労働者間の分業と協業であるとか、資本による労働指揮権の掌握であるとか、科学技術の応用の知識の独占であるとかの諸問題がある。それでも、労働者同士は、労働の必要に迫られて協働するし、労働者から選抜された現場長はしばしば労働者の側に立つし、科学技術も労働として組織されているので、資本―賃労働関係がそこにも当然存在している。
自由=無という新自由主義に典型的な自由論に関係して、廣松氏が、共同主観論を決定論から区別する根拠とした『マルクス主義の地平』での自由論についても確かめておきたい。
『マルクス主義の地平』の廣松氏の自由論
まず、廣松氏は、決定論と非決定論を区別する。そして、マルクス主義は、決定論と非決定論を止揚したところに成立したという。
次に、氏は、プレハーノフやブハーリンのロシア・マルクス主義の決定論を批判する。ロシア・マルクス主義は、科学主義的発想から、「因果律を承認する以上、マルクス主義が決定論の立場をとるのは当然である」(勁草書房160頁)と称したという。しかも、因果律をもって、結局は機械論的な、力学主義的な因果律に事実上還元してしまうというのである。
次に、カント・シェリング・ヘーゲルの自由論を確認している。シェリングは、真の内的必然性が自由であるという命題を主張し、カントは、「意志の現象、すなわち人間の行為は、他のあらゆる自然事象と同様、普遍的な法則によって規定されている」「個々の人間は、そして民族全体すら、各々自分の思い通りに、しばしば他人の意図に反して、自分の意図を遂行しようと努めることによって、・・・彼ら自身の知らない自然の意図を促進」すると述べている。ヘーゲルは、「必然性の洞察が自由」という命題を立てる。
次に、氏は、自由概念の二極的な両義性を指摘する。一つは、自発性・自律性という意味の自由であり、それは究極的には無に帰結する。二つは、選択の自由である。しかし、絶対的な選択の自由については無記(態度未決定)である。この「“選択の自由”は、裏返していえば、行為をいわば状況の多価函数として把捉しうるということを論理的に前提している」(同184頁)。「多価函数、例えば、y5+y+x=0やy=sin‐1xにおいてx(状況、原因)に或る一定の値を入れるとき、y(行為、結果)は幾通りかでありうる。その値は、しかし、無制約的にあらゆる可能性をもつのではなく、或る限定された範囲内で幾つかの可能性をもつにすぎない。しかも、それはxの値によって規定されている。とはいえ、xの値によって一義的に決定されているわけではない」(同)。
そして、氏は、「歴史的実践のこの次元では、それを意識すること、そして決意すること、これが実践を、従ってまた、それの対象化を通じての歴史的法則の貫徹をたしかに左右する」(同194頁)と述べる。階級意識の覚醒や「必然の王国から自由の王国」へ、さらに「各人の自由な発展が万人の自由な発展のための条件であるような共同社会」の建設(共産党宣言)は、この次元においてであるという。「目標を介してそれを実現しうる」ためには、すなわち自由であるためには、合則性にアンガージュしなければならないと氏は言う。「実現が“必然的”であり、よってもって“自由”が“必然的”になるためには、法則性に自覚的に服さなければならない」(同195頁)というのである。
そして、「歴史における真の自由を語りうるのは、こうして、まさしく共産主義的共同体の歴史的成立」(同196頁)によってだと言う。「この共同体が、諸個人のアトミズム的な同型的均等化においてではなく、しかも、非固定的な分業、機能的分業と協働において存するとすれば、それはまさしく『共産党宣言』にいう意味での人間の全面的開花と相即する」(同)。
最後に『反デューリング論』のエンゲルスの自由論を引用している。部分的に孫引きする。「来たるべき真の共同社会においてはじめて、諸個人はその連帯のうちで、また連帯を通して、同時に、彼らの自由を得るのである」、従来歴史を支配してきた客観的な、そして疎遠な諸力が、今や人間自身の統御に服することになる。そうなって初めて、人々は全く意識的に歴史をつくるようになり、そのとき以降、人間の作動せしめる歴史的諸原因が、おおむね、そしてますます、人びとの予期どおりの結果を招来するようになるであろう。これすなわち必然の王国から自由の王国への人類の躍入である」。
氏の結論は、「自由の問題は、かくして、マルクス主義においては、与件とその対象的認識のスコラ談義ではなく、プロレタリアートのgeschiekte Bestimmung、先駆的決意性laufende Entschlossenheit の問題となる」ということである。
ハイエクの自由論が、基本的にカント的自由論の引き写しであることは、以上のところから明らかであろう。また、功利主義者の自由論も、個人のみを実在と見なし、その自由な行為の結果として、「神の見えざる手」によって、社会法則が成立し、秩序を形成すると考えた点で、カントの自由論と基本的に一致することも明らかである。というよりも、カントは、イギリスの功利主義思想の影響を受けつつ、それと対質する形で、思想形成したのであり、そのために、半唯物論的になったのである。廣松氏の共同主観論からすれば、個人実在のみから展開されるイギリス功利主義の思想は、社会的事実=「物」という集団表象という実在的でもあり、非実在的でもあるような共同主観的存在に対して、まったくの幻想を置くことで物象化的錯視に陥っており、そこからする個人の自由という思念もまた物象化的錯視の最たるものに他ならない。
廣松自由論では、現存社会における自由の対象としての理想の摘出とその認識を明らかにすることで、招来すべき未来の新道徳・新倫理を共同主観的実在に転化するという投企の決意性において、あるいはその選択において、プロレタリアートの自由があるということになる。歴史的に限定された選択肢の中で、意識と意志が、実践とその対象化を通じて、歴史法則の貫徹を左右することができる。それが自由だと廣松氏は言うのである。それは、自然発生するものであり、そこに発展の萌芽を含むものであるが、それを対象化し、認識として明らかにし、科学化し、表現として仕上げるのは、自覚したプロレタリアート・共産主義運動の重要な課題である。
他方、われわれは、通常、自我を実在するものと疑わず、自我の行為を利己的なものと認識する場合が多いわけだが、廣松氏が、法則性の成立の場面として例示する需要供給の法則の成立が、諸個人の多様な動機に基づく個別の売り買い行為の統計的結果として成立するという場合、功利主義者は、自己の幸福を求めて利己的に売り買い行為をする結果として、需要供給の法則が成立すると考えたことは、拙稿で確認した。このとき、功利主義者は、多様な動機の基礎に、利己的個人による合理的経済思考・判断が存在することが、経済行為の秩序を正常なものにすると考えた。したがって、かれらは、経済的合理人の育成のための啓蒙が必要と考えたわけである。それに対して、カントの自由論を援用するハイエクは、アダム・スミス的な「神の見えざる手」の働きを信用することを説いた。しかし、それは、今日の新自由主義の蔓延の中で、経済人のモラル・ハザードが深く広く進行している事実からしても、たんなる幻想にすぎないことは、今や誰の目にも明らかである。その基礎に、自発性・自律性の究極としての自由の根拠としての「無」があることは、廣松氏の議論から明らかである。しかし、無はそれ自体では、無規定・「無記」であり、自由とも言えない「なにか」でしかない。カントは、それに対して、統計的・結果的な法則性の認識とそれに基づく行為を自由と規定している。ヘーゲルは、弁証法的に、自由と必然の対立と統一という形で、それを止揚しようとした。マルクス・エンゲルスにおいては、自由は、擬設共同体を転覆しての共産主義的共同体建設の理想の認識とそれに向けた先駆的決意性において自由があると主張したと廣松氏は言う。それは、階級闘争において、プロレタリア階級に自然発生する理想の摘出と認識を元にその実現に向かって決意し、行為するという自由である。 繰り返しになるが、歴史・社会法則においては、状況に限定された選択肢の意識と意志と、その実践の対象化によって、歴史的法則の貫徹が左右される。廣松氏は、それが自由だという。
他方で、無に積極的な規定を与えようとした西田幾太郎の思想がある。西田哲学を積極的に取り入れつつ、戦後革命の運動の中で、大きな影響力を持った主体性論が生まれた。次は、主体性論を見ていきたい。(つづく)