共産主義者同盟(火花)

北朝鮮核実験を巡って−われわれの判断形成に向けた論点−

坂本巧巳
303号(2006年11月)所収


 10月9日、北朝鮮政府は地下核実験を実施したとの声明を発表した。 7月4日のミサイル発射実験に続く軍事的示威行動であり、93年以来寄せては返すように頭を擡げていた「北朝鮮核疑惑」の最後の札が遂に切られた形となる。
 これに対し各国政府は非難を表明し、米中の異例の協調のもと、10月14日には国連安全保障理事会で制裁決議が採択された。 地域不安定化の阻止、核拡散防止(=核独占)、大国のメンツ等々、各国政府の「一致」の背景にはそれぞれの利害・思惑が垣間見える。

「北の核」が意味するものは?

 温度差はあるものの、日本における反戦・市民運動、新左翼諸党派の今事態に対する見解は、「北の核実験には反対」「戦争を回避し、対話による解決を要求」 といったものが主流である(※1)。
 決してこれらが間違った主張であるとは思わない。しかしやはり、重要な何かを欠いている/避けているようにも思われる。
 とりあえず各国が対話のテーブルにつき、当面の戦争の危機が回避されたとしても、では、それでよいのか、ということである。
 いったんは北朝鮮政府が6カ国協議への無条件復帰を表明した今、なおいっそうこのことは問われている。

 岩波書店『世界』2006年12月号に掲載された「<共同提言>対話と核軍縮以外に道はない」(石坂浩一、川崎哲、金朋央)は、下記の見解を示している。
「今回の核実験は、米ブッシュ政権による対北朝鮮・敵視圧力外交と、北朝鮮による核の瀬戸際政策が作用反作用の中でエスカレートし、ついに一線を越えた 事態と言える。イラク侵攻に続く、ブッシュ政権の外交政策の失敗である。」
「たしかに米国や小泉、安倍政権は圧力と対話と言う二枚看板を掲げているが、実質的には対話は見えずに圧迫による政権崩壊の招来、場合によっては 武力攻撃による政権打倒や外部からの工作による政権転覆を想定しているとも考えられる。これでは北朝鮮が対話に応じられる条件が存在しない。 少なくとも対話の相手として認めるならば、政策目標を「共存」に定めなければならない。」
 ここでは、金正日政権はあたかも日米に追い詰められて「やむなく」核武装に至ったかのように描かれている。 また日米の対北敵視政策を非難しながらも、金正日政権の北朝鮮民衆に対してもつ政治責任については一顧だにせず、あまつさえ同政権との「共存」を訴えている。
 私は安倍政権やブッシュ政権と「共存」する意志はないのと同様に、金正日政権と「共存」する意志もまた毛頭ない。 政府間関係を念頭に置いた文脈とはいえ、これまで金正日/朝鮮労働党独裁政権が自国民衆に強いてきた仕打ちに思いを致すことがあるならば、決して出てくる言葉ではないだろう。 そこに何の留保もないことには強い疑問を感じざるを得ない。

 現在、国連安保理常任理事国の5カ国に加え、インド、パキスタン、イスラエルが核保有国とされている。ここに北朝鮮一カ国が加わることの意味とは何なのか。 それは核爆弾が現在世界に約2万7千発あるところに数十発が上積みされ、核戦争・核拡散の危機がさらに一歩増大するということだけではなく、 北朝鮮政府が自ら明言しているように、同国を核保有国として扱え−つまり丁重に扱え−、という彼らの外交上の要求を裏打ちするものという意味がある。 つまり朝鮮労働党政権による独裁体制を磐石なものとして認めさせるための手段の一つであり、その成功は、周辺国民衆が核戦争の危機に晒されると同時に、 −いやそんな仮定の話よりまず最初に−北朝鮮の民衆自身の頭上に、より強化された独裁体制の重石がのしかかるということを意味している。
 ある意味では今回の核実験も、今まで何度も見てきた手法−危機の演出と、これを材料とした外交的駆け引き−をそのまま踏襲したものに過ぎない。 そのようにして、北朝鮮を含む各国政府は国家間の利害を調整し、時には勇ましい脅し文句で、時には友好的な言辞で、さんざん「対話」を続けてきているのである。 そのような「対話」のもとで、国家間の戦争状態の欠如としての、見せ掛けの「平和」が北朝鮮民衆にとってどのような状況であるのかということである。

 1999年の弾道ミサイル発射を巡って金正日は次のように発言したという。
「敵は優に何億ドルもかかっただろうと言っているが、それは事実だ。〔中略〕その資金を人民生活に振り向けたらどれほどよいだろうかと思ったが、 私は、人民がまともに食べることができないことを知りつつも、あすの富強祖国を建設するために、資金をその部門に振り向けることを許諾した」(1999年4月22日付『労働新聞』)。
核保有を最後の切り札とする先軍政治が、数百万の民衆の餓死を強制してきたことを物語っている。

 革命政権が、反革命の包囲網の中で経済的に困窮し、人民に一時の忍苦を求めることは一般的にあり得ることだ。 しかしそのような中にあっても、革命が真に人民の福利と解放のために闘われるものであるならば、その社会政策の中におのずと現れるものがあるはずである。 やはり永年に渡り米国の経済封鎖、政権転覆の陰謀にさらされながらも、キューバの社会主義体制においては農政・エネルギー行政におけるエコロジー的政策や、 福祉政策の維持などの民生的施策が積極的に取り組まれている。(※2)
朝鮮労働党の国内政策の中にその何分の一かでも見るべきものがあっただろうか。
私たちはこれまで何度か述べてきたように、朝鮮労働党を革命政権とは既に見ていない。従って支配者間の「ボス交」に過ぎない「対話」になんら幻想も期待も持ってはいない。

※1
 日本国内ではごく少数派であるが、「労働者国家無条件擁護」を掲げ、北朝鮮の核武装の権利を擁護する主張もある。
「日本の左翼はこうした国家による核兵器保有の権利に反対する。このことは、彼らが反対であると主張する核で武装した帝国主義の狂人たちに対し、 こうした労働者国家に比較的無防備になって欲しいと望むことを意味する。」 (『スパルタシスト』「中国による太平洋への無制限の通過と天然資源へのアクセスを防衛せよ!」
革命のための軍事を支持・是認する以上、上のような判断は必ずしも非合理的ではない。しかしこうした「無条件擁護」の前提は、 「極めて貧窮化する一方で、集産化された経済は、未だ北朝鮮大衆が最も基本的な日々の必需品を無料で受け取ることを可能にしている。」(同上)
といったおよそ現実離れした認識に基づくものであり、検討に値するものとはなっていない。

なお、韓国運動圏の反応については下記各サイトが詳しい。
かけはし「北韓の核実験に対して、民衆運動はどう対応するのか?」
レイバーネット「進歩陣営、北朝鮮核実験への憂慮に微妙な差」
民主労働党等の一部に、「自衛的核武装」擁護の主張(金正日政権の立場をほぼ代弁するものと思われる)がある以外は、 おおよそが「北の核武装に反対する、しかし第一義的には米国の対北圧力が問題である」という認識であるようだ。
北朝鮮の体制をめぐる評価・批判は、日本の運動圏におけるより忌憚無く語られている印象はある。

※2
 キューバの最近の経済政策(なかんずく有機農法による食糧自給策)については、
『200万都市が有機野菜で自給できるわけ―都市農業大国キューバ・リポート』(吉田太郎著 2002年築地書館刊)の報告が興味深い。

経済制裁と人道支援について

今回の事態にあたり、国連安保理はおおよそ下記の内容の北朝鮮制裁決議を採択した。

・核実験実施声明は国際の平和と安全に対する明白な脅威である
・国連憲章第7章のもとで行動し、7章41条に基づく非軍事的措置を取る
・北朝鮮に核・ミサイルの放棄を義務付ける
・北朝鮮に対する大型兵器、核・ミサイル関連物資、ぜいたく品の移転を阻止
・北朝鮮に出入りする貨物の検査を加盟国に要請
・北朝鮮の核・ミサイル関連の海外資産を凍結
・6カ国協議と核拡散防止条約(NPT)への復帰を要求

また、日本政府は7月のミサイル発射訓練への対抗措置として下記9項目の制裁を発動している。
・北朝鮮側に厳重抗議。ミサイルの開発中止、廃棄、輸出停止と6者協議への早期かつ無条件の復帰を要求
・万景峰号の入港禁止
・北朝鮮当局職員の入国は原則認めない。北朝鮮からの入国についても審査をより厳格化
・在日の北朝鮮当局職員による北朝鮮を渡航先とした再入国は原則認めない
・日本の国家公務員の渡航を原則見合わせ。日本から北朝鮮への渡航自粛を要請
・日本と北朝鮮間の航空チャーター便は乗り入れを認めない
・北朝鮮に関するミサイル、核兵器などの不拡散のための輸出管理措置を厳格にとる
・北朝鮮による不法行為への厳格な法執行を引き続き実施
・北朝鮮の今後の動向を見つつ、さらなる措置を検討


 経済制裁の是非・効果に対するはっきりとした評価は難しい。
例えば南アフリカのアパルトヘイト政策はアフリカ民族会議(ANC)等による強靭な抵抗闘争と国際的な非難・経済制裁を受け続ける中で徐々に崩壊し91年、 当時の国民党白人政権の下で廃止された。
このことにおいて国際的な経済制裁がどの程度の役割を果たしたのかは判然としない。実は経済制裁はあまり効果はなく、むしろ米レーガン政権による経済援助で南ア黒人に雇用と教育 の機会が提供されたことによる所が大きかった、との見方すらある。(※3)
ただ、経済制裁により追い詰められた南ア経済界が政府にアパルトヘイト廃止を迫った、ということはあったようだ。 実際、90年以降3年連続の南アGDPマイナス成長は経済制裁の影響であるとされ、国際取引の再開と、労働力としての黒人の活用を資本が要求したのである。
 一方近年ではイラク・フセイン政権によるクウェート侵攻に対抗して国連で経済制裁が決議されたが、この制裁は食料や医薬品なども輸入を差し止める内容であったため、 政権への打撃よりもイラク一般市民への影響が大きく、国際的な批判を浴びた。 (後に批判を受けて、食糧購入のための石油取引を部分的に認めるよう修正されたが、戦争に伴うハイパーインフレのため物価が高騰したため市民の生活は相変わらずの困窮を強いられた)。
 このように、経済制裁という手段は政治目標を達するための実行力としては不確定要素が高い。 今回の対北朝鮮制裁についても、最大の支援国である中国が、北に対する当面のエネルギー・食料支援を継続している以上は、大勢に影響を及ぼすものではないだろう。 あるいは一定の制裁が独裁政権への離反を促進する可能性はないではないが、北朝鮮民衆自身の政治行動と結びつかないところで行われる制裁に積極的意味を見出すことは困難だ。 私は金正日政権に対する制裁が必ずしも北朝鮮民衆に敵対するものとは思っていない。しかしそれが民衆の生活を困窮させ、解放へ向かうための条件とならないのであれば決して認めることはできない。
 今後の推移をつぶさに見ていく必要があるが、重要なのはこれらブルジョア国家の個々の政策に対して可否の裁定をすることよりも、民衆の要求としての政策を紡ぎ出していくことだろう。

※3
中野 有「多国間進歩的関与政策−南アフリカから学ぶ北朝鮮問題」 など。
中野氏はここで、この経済援助こそがアパルトヘイトを廃絶した、との論理を敷衍して北朝鮮への積極的関与政策−社会資本投資など−によるソフトランディングを提案している。

 いわゆる「人道支援」をめぐっては、運動団体の中でも活動のベクトルによって見解の相違がある。
 「北朝鮮人道支援ネットワーク・ジャパン」(HANK-NET)は、 「いまこそ経済制裁の解除と人道支援の即時再開を!」 として、北の核実験への非難を前提としながらも、人道支援の継続を訴えている。
 かたや「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)は食糧援助の意義を否定はしないものの、援助が一般市民に直接届かず「闇市場」に横流しされている実態、 それが独裁政権とこれに結びついた商人らとの「利益共同体」を形成していることを警告している。 (「清津「スナム市場」における援助食糧横流しの実態」
 これが見解の「対立」である、という見方は当たらないかも知れない。ある部分に着目すれば一方が、別の部分に目を移せば他方が正しくなる、というように見えてしまう。 これを運動の不統一と嘆くのは間違っている。こうしたレベルで北の民衆が置かれた状況が注視され、運動の中で多様な方策が試みられるようになったこと自体が前進と見るべきであろう。

 この国際的な注視を導いたのは、決死の覚悟で脱北し圧制の現状を告発してきた北朝鮮民衆の−それ自体は非政治的な−行動である。 私たちは彼ら/彼女らが顕在的な政治主体として登場し、自らの運命を司る、歴史の主人公となっていくことを支持していかなければならない。 「核保有」の衝撃、戦争回避の緊急性に目を奪われ、この重要な課題を忘却してはならないだろう。




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