社会が根本的に変わらなければ水不足や環境問題は解決しない
流 広志
290号(2005年10月)所収
先のNHK特集は、中国などでの砂漠化やアメリカ中西部やインドなどでの農業地帯での地下水枯渇の拡大など、地球規模で、水不足が深刻化していることを報道した。どうなっているのか?
レスター・ブラウン氏の水不足=食糧不足の危機に対する警告
「ワールドウォッチ ジャパン」は、この問題に警告を発するレスター・ブラウン氏の「水不足は食糧不足に直結する」と題する文書を載せている。それをおおまかに要約して、問題の一端を見ておこう。
帯水層(地下水)の過剰な汲み上げによる枯渇の危機は、アメリカの中西部の飼料トウモロコシなどの農業地帯、インドの乾燥地での水田開発地帯、イラン北東部および東部の農業地帯、イエメン、メキシコ、中国などで深刻である。
氏によれば、人口190万人のイエメンでは全国規模で地下水位が年に約2メートル下がっている。それに対して、世界銀行のクリストファー・ワードは、「地域経済を一世代で消滅させてしまう速さで地下水がくみ上げられている」と警告した。イエメンの首都サヌアでは、地下水位の低下は年に6メートルに及び、2010年までに帯水層が枯れると見られている。エジプトは、エチオピア、スーダンと合わせて1億6700万人から2025年には2億6400万人に人口が増加する見通しで、すでにナイル河口は、上流での取水によって、流れが細くなり、水不足による穀物不足に直面している。
水不足による穀物生産の低下によって、穀物自給国・輸出国が穀物輸入国に転化し、世界の穀物市場の買い手として新規参入すれば、競争が激化し、穀物の国際価格が上昇し、世界の食糧不足を深刻化させるだろう(一般に、支払い能力の高い先進国は、この価格競争で有利であり、発展途上国は不利である。また、穀物メジャーの問題もある―流)。
イランやエジプトの穀物輸入量が、従来からの主要輸入国である日本のそれを上回り、イランとエジプトでは、小麦、コメ、飼料用穀類などの穀物消費量全体の4割が輸入でまかなわれ、モロッコでは穀物の半分を輸入し、アルジェリアとサウジアラビアでは穀物の7割以上を輸入、イエメンでは穀物の8割近く、イスラエルでは9割以上が輸入されている。
世界の河川や地下から取水される水の用途は、灌漑用水が約7割、工業用水が2割、生活用水が1割である。水の不足が食糧危機をまねくことは明らかである。
氏は、「帯水層を安定させるためには、水の価格の引き上げと人口の安定化」が必要だという。これが本当に解決策となるのかどうかはわからない。
※水をめぐっては、さらに、次のような諸問題がある。自治労・国公連合・全水道・都市交・ヘルスケア労協が参加する国際公務労連加盟組合日本協議会(PSI−JC)のホームページにある149カ国2000万人が参加する第二インター系の国際公務労連の「PSI世界ニュース」第5号(7月)の「自然は売りもの?」と題する記事は、「水に関連する予防可能な病気で、一年あたり500万人が死亡しており、そのうち400万人は子供である。約12億人が安全な水を入手できず、24億人が不十分な公衆衛生のなか生活している。水への投資により、医療費および生産性コストを年に約1,250億ドル節約できるであろう。しかし、一般国民はこの問題に取り組むことを禁じられている。営利目的の多国籍水道会社が進出するにしたがい、貧困層の人々は最も基本的なサービスさえ利用できなくなってきている。「地球の友(Friends of the Earth)」 は、34カ国の水道民営化のひどい結果と、生物多様性に注目した報告書を発表した」と伝えた。
資本主義の転倒した解決にならない環境問題解決策
事態はすでに上記のように悪化しているが、さらに数十年の内に極めて深刻化するだろうと、レスター氏や国連機関などが警告している。
水不足の影響は、人々の間に不平等に作用する。それは、階級階層格差の原因であると同時に結果である。例えば、NHK特集が取り上げたインドのパンジャブ州での帯水層を汲み上げる水田耕作では、金のかかる深い井戸を掘れる富農が水を販売して儲けている一方、その水を買わざるをえない貧しい農民の中から十分な水を買えない部分が没落している。もちろん、帯水層が枯渇してしまえば、富農も水田耕作を続けることはできないが、富農はそれまでに、稼げるだけ稼いで、別の儲かる商売を始めたり、別の土地を買って再び農業を続けることが可能である。
水不足は食糧問題であり、それは、貧しい者にとっては飢えにつながる問題である。だから、彼は、都市貧民に対しては、支払い能力に応じた価格設定が必要だと言っている。
また、今年5月の第4号には、ILOが出した報告書で、世界で約1230万人が奴隷状態にあり、その内の約1000万人が民間部門での強制労働であり、約240万人が人身売買の被害にあっていると指摘した(「PSI世界ニュース」第4号5月)。この問題では、日本政府は、アメリカからも取り締まりが弱いと指摘を受けて、あわてて法整備をするというお粗末な対応をしたばかりだが、日本で摘発されたタイの人身売買の例では、農村の貧困が背景にあった。水不足が引き起こす農民の分解が、それを促進する可能性が高いことは明らかである。
水という物質をめぐる社会諸関係は、世界的に連関しているが、現在優勢な資本主義的な解決の仕方は、伝統的な共同体的な諸関係を破壊し、その中から私有制と商品経済を発展させる要素が発展するようなやり方で解決をはかろうとする。それは、例えば、地元の人間を追い出して巨大ダムをつくり、下流の水量を減らし、砂浜を減少させ、沿岸漁場を破壊し、沿岸漁業を衰退させ、確保される工業用水や電力は、プロレタリアートを搾取する多国籍企業の現地生産を助け、富の多くを援助した先進資本主義諸国に回収する、というようなやり方である。それに対して、NHK特集が取り上げたインドのある地方での水不足は、古来のため池を復活させ、雨を貯えて地下にゆっくりと浸透させて地下水を蘇らせ、ため池の管理に共同体全体が関わることで、解消した。
世界の水不足は、大量の食糧・穀物を輸入している日本にとって大問題である。
日本では、先日、環境問題を基本テーマに「愛・地球博」が行われたが、連日報道されたのは、最先端工業技術の紹介・宣伝ばかりで、環境問題については、あまり伝えられなかった。インタビューは、お祭りイベントとして遊ぶ多くの人々の声を多く伝えた。
名古屋・中京圏が地元のトヨタは、このイベントの中心になっていたが、ハイブリッド技術を始めとする最先端技術がいかに環境問題解決に役立っているかを宣伝した。しかし、このような最先端技術開発競争は激化し、巨額の研究開発費用を要するようになり、巨大合併や提携を引き起こしている。環境問題解決は、もっぱら大企業の製品開発があたることにされ、最先端技術などの一般の人々にとってよそよそしいものが、環境問題解決の前衛とされた。これは、まさしく資本制生産の特徴である機械に労働者が従属する事態を社会的に展開したものである。
それは、所沢におけるダイオキシン汚染問題で、『朝日新聞』のキャンペーンが、最新鋭設備のゴミ焼却炉導入促進につながった事例でも同じである。この時は、最新鋭のゴミ焼却施設を効率よく稼働するためには、一定量以上のゴミが必要なので、一般家庭のたき火まで禁止して、大量のゴミをかき集めなければならなくなった。ゴミのダイオキシン問題を解決するために、大量のゴミが必要であり、大量生産・大量消費が、環境対策のために必要になったのである。そして、最新技術のゴミ焼却施設は、地域の人々をゴミ集めのための手段にし、施設機械に奉仕する者に転化した。労働者が機械に従属するという事態が、社会的に、設備・技術に人々が従属するという形で現れたのである。入口の生産規制は無視され、ゴミ焼却施設メーカーは高額な最新設備を売ることができ、他方では、住民がそのプラントを効率的に稼働させるための新たな負担を課せられた。
このように、資本制社会で起きる諸問題の解決は、資本を社会の前衛とする資本主義的な方法で転倒して解決される。資本主義では、主体と客体が転倒している。労働の客体的諸条件が独立して、人格の意志を支配するのである。その意味では、資本家は資本の人格化でしかない。環境問題を解決するという技術や装置は、それを媒介に自然と人間を有機的に結びつけずに、遠ざける。とはいえ、個々の場合に、こうした環境を疎遠化する媒介なしに、自然環境と関係することはできるが、それは、社会的な行為ではなく、プライベートな行為にしかならない。このように、自然と人間を切断する主体と客体の転倒が極限まで進んだことは、環境問題を解決するには、その再転倒、弁証法的な解決が必要となっていることを表している。
環境問題は前古代の最高の共産制社会の現代的再生で解決する
トヨタの奥田会長は、先の総選挙で、下請け企業に特定の候補を押しつけ締め付ける典型的な企業選挙をやった。綿貫国民新党党首は、小泉のやり方を、自らの徳性や仁性を発達させ実行することによって目的を実現することを目指し、天命に従って、場合によっては自ら地位を去るという儒教の理想とする「王道」ではなく、儒者が軽蔑する「覇道」のやり方だと批判したが、こういう基準では、奥田も同じである。奥田と小泉は「巧言令色すくなし仁」(『論語』)という点でも似た者同士だ。
イギリスでは、万引き被害が大きく増えているが、その多くは商業労働者が職場で実行しているものである。だが、それは、労働者だけのことではない。ブルジョアジーは大規模に国家からくすねとっているのである。ブレア政権が推進してきた民間資金イニシアティブ(PFI)という民間の公的事業参入策は、膨大な無駄を生み、不透明で腐敗し、汚職・詐欺の温床になっている。ブルジョアジーの腐敗した性格が、社会全般に拡大しているのである。アメリカのブルジョアジーの腐敗を代表するエンロン事件があったが、さらに、ネオコン一派が世界をだまして、ハリバートンなどの政権の取り巻き企業に大もうけをさせた上に、それらの企業は、政府をだまして、税金から不正な利益を上げるということもあった。ブッシュに追従する小泉政府も負けていない。旧道路公団は、談合に関わって、建設価格をつり上げ、天下り先を確保し、警察は予算を誤魔化して飲み食いし、大手食品メーカーが表示を誤魔化し、と、官も民も腐敗している。こんな社会が環境問題を根本的に解決できるわけがない。
それに対して、共産主義社会においては、ちっぽけな我利我欲が生み出す腐敗や堕落や詐欺、他人の富をごまかして金持ちになろうという病的な欲望の肥大などではなく、個人の尊厳、平等、自由、友愛、真の勇気、などの「前古代的な型の所有の最高形態すなわち共産主義的所有」(マルクス『ヴェラ・ザスーリッチへの手紙』)が実現した人類の諸性質が社会的性格の高度な型として復活し発展する。資本制社会では、そうした性格の発展は困難だが、それが社会の深層で生きていることは、大災害などの極限状況の際、例えば、先日のJR西日本福知山線脱線事故の際に、自ら負傷しながら他の負傷者の救助のために活動した乗客が多数いたことや仕事を中断して救助に向かった周辺の人々がいたことで明らかである。前古代の共産制社会の性質は地層になっているだけで、地殻変動によって表に現れるのである。
戦後革命をはじめ、安保闘争や60年代末から70年代初頭の革命的闘争やその後の諸闘争は、個人としての尊厳や勇気や「強気をくじき弱気を助ける」正義や友愛や同志的連帯やちっぽけな私的利害を超えた行為や自己犠牲や英雄的行為などの高度な性格・高度な団結を生んだ。それは、資本制社会では全面的に発展することは難しいし、まれな個人的資質とされる。しかし、それは眠らされている社会的な資質であり、共産制社会では一般的な性質である。歴史をさかのぼるほど、人類がそういう諸性格を持っているのが見られる。現代資本制社会では、ホリエモンに代表されるその正反対の諸性質が完全に発達し、それが極限に達したので、その転倒の時代に入ったのである。
共産主義者の党は、その高度化・発展の努力を恒常的・持続的に押し進める必要がある。そういう性格や団結を一面的に美化するのではなく、弁証法的にとらえ、変化し転化する生きた性格として評価し、歴史的にとらえて、発展させることである。それが全面的に可能な共産制社会においてこそ、環境問題も根本的に解決できるのである。
〈補足〉中国の農業現代化の現状と問題点
レスター氏は中国が穀物輸入国となり、世界穀物市場での穀物価格高騰の主役になることを警戒しているようだが、ここ数年、中国の穀物生産は増大しており、当面はその可能性は低い。参考までに、中国政府の現在の農業政策のあらましについて、『北京週報』日本語版で読める「農業は中国が先進国となる鍵―農業の現代化の実現は必須の選択だ」という蘭辛珍氏の文章で、確認しておきたい。
農業の現代化と呼ばれる現在の中国政府の農業政策の基本は、1954年9月の周恩来総理の「活動報告」で提起された。その後、1997年に、農業部農村経済研究センターが、全国が基本的に実現する農業現代化に関する参考指数と基準を示した。実現目標は、1人平均GDP全国平均730ドル→3000ドル、農村の1人平均収入2090元→10000元、農業人口の割合49.9%→10%、科学技術進歩の貢献度40%→80%、農業の機械化率32.4%→80%、農業人口の中卒以上の割合53.5%→80%、農業人口の1人平均GDP490ドル→2000ドル、農業人口の1人平均生産量2.8トン→10トン、耕地1ヘクタールの生産高2300ドル→8000ドル、森林カバー率13.5%→25%、というものである。この基準をもとに、2004年に中国国家統計局は『中国農業現代化プロセスの研究と実証・分析』と題する報告書で、「農業現代化の目標値は3分1で達成されておらず、指数最低の省では5分の1でしかなく、東部と中部、西部の間で発展の格差が顕著であり、農業現代化の任務はかなり困難だ」と指摘した(同HP)。その問題点を報告書は、栽培業への偏り、その中でも、穀物、綿花、野菜などが中心で、高付加価値産物生産が少ないという不合理な構造、生産と経営の分散と小規模性、技術・インフラ投資の不足、農業労働力の生産性の低さ、経営規模の小ささを上げている。その要因としては、「農業生産手段と農業生産能力の低下をあげている」(同)。
さらに、中国科学院農業経済研究所の報告書は、「世界の各先進国の経験が証明しているように、労働力の非農業への転換によって農業に従事する労働力が不足した時に初めて、農業の機械化は推進される」と指摘した。
同研究所の許世衛研究員は、中国の農業の体制には、農家数の多い分散型の小規模生産体制で、1戸あたりの耕地面積が1ヘクタールにも満たないこと、生産や加工、販売が、異なる機関によって管理されていることが農業発展を阻害しているという二点の問題があると指摘した。
そこにいたるまでの中国農業の歴史は、1949年の新中国建国後、1956年にほぼ完成する土地国有化以後の村を単位にした耕作が行われる集団農業段階を経て、1979年以降の「土地請負責任制、実質的には均田制が実施され、土地は農村人口に応じて各人に配分され、家庭を単位にした耕作の段階に入るというものである。これによって、食糧増産が達成されたが、家庭請負責任制は農業の現代化の過程をある程度さまたげた。
同研究所の許世衛研究員は、1964年に本格的に開始された大規模水利事業や農業機械導入が、1966年から1976年までの「文化大革命」による混乱で停滞したと指摘している。また、中国科学院の彭珂珊研究員は、日本などのような石油、化学肥料、農薬を大量消費する農業モデルは問題が多いことが明らかになったので、バイオテクノロジーによる整備を軸にすべきだ言っている。
最後に農業現代化のための4つの課題をあげている。第一に、農業人口の非農業への移動の問題。農村の余剰労働力は、約1億2千万から1億5千万人で、労働力は毎年約500万人増加し続けている。第二に、後継者不足問題で、若者は、出稼ぎや副業や商売に就き、農業技術者や農業大学出身者も農業に就かない。高齢化・女性化が進んでいる。第三に、政府が2004年前まで一貫して農業収入で工業の発展を支えてきたため、農業に投じられる資金は非常に少なく、2004年から増大させたが、国内総生産の5%以下である。第四に、農家の耕地規模がかなり小さいことが、労働生産力と農産品商品率の向上を妨げている。
中国政府が、農業の現代化と水問題の解決をどのように結びつけようとしているのかは、この文章ではわからないが、すでに西部における砂漠化・地下水低下が進み、沿海地方では工業と農業との間での水の取り合いが激化し、北京市などでは節水などの水不足対策が本格化している。
10月11日『東京新聞』によると、中国共産党第16期中央委員会第5回総会で、胡錦濤指導部は、来年からスタートする「第11次5カ年計画」の基本方針を、「調和の取れた社会」建設を実現するために、貧富・地域間の格差を是正し、環境保護や資源節約を重視する姿勢を示し、農村改革では、農民の収入増をはかる決意を強調した。