共産主義者同盟(火花)

多極化の中の東アジア・「抗日」とプロレタリア国際主義

流 広志
284号(2005年4月)所収


 韓国・中国で、「抗日」運動が激化している。その背景には、「東アジア共同体構想」やASEANプラス日中韓などの地域経済統合の動きや「脱ドル化」などの多極化の動きがある。日本の小泉政権は相変わらずアメリカ一極の世界を想定して、アメリカ一辺倒で対応している。小泉政治が新しい情勢にマッチしていないために、韓国・中国との間にずれが生じ摩擦が起きているという面もある。ブルジョアジーは、利害がかかっているので、対応しようとしているのだが、政治が遅れ妨害さえしているのである。「抗日」デモなどに現れた矛盾の解決のためには、自国や自民族の立場ではなく、プロレタリア国際主義の立場から、相互交通を進める必要がある。以下、それらについて簡単に記していきたい。

世界の多極化の動きと東アジア

 4月9日の『沖縄タイムス』は、「宜野湾市での米州開発銀行(IDB)年次総会を前に、八日に開かれたセミナーは、脱ドル化戦略が中心議題となり、中南米とアジア諸国が、米国に依存した経済構造からの脱却を目指す「脱ドル化戦略」を模索し始めた。域内の貿易・投資などの連携強化や、ドル資金に頼らない自国通貨建ての債券市場を育成する取り組みが急ピッチで進んでいる」と伝えた。また、「「脱ドル化戦略」が重視されるのは、中南米を中心に米国経済にのみ込まれることへの警戒感が根強いことや、経常収支と財政の「双子の赤字」を抱えて走る米国経済にドル急落の不安がつきまとっていることが背景にある」「中南米では既に、関税を撤廃して域内の貿易活性化を進める「南部共同市場(メルコスル)」と「アンデス共同体」という二つの経済協力体制が確立。二つの共同体は、米国主導で進む米州自由貿易地域(FTAA)に対抗し、二○○四年十月に自由貿易協定(FTA)を締結。チリなどを加えた十二カ国が、欧州連合(EU)型の「南米国家共同体」の発足まで宣言した」ということである。
 同じようにアジアでも「脱ドル化」の動きがある。
 EU発足に刺激を受けたASEANプラス韓中日の「東アジア共同体」構想がある。それはアジア通貨危機後のこの枠組みを基本とする地域全体での外貨準備の相互利用の方策として、通貨スワップ構想や共通通貨構想や金融の共同調査体制の構築構想などが進められてきたことを背景として浮上してきた構想である。世界の多極化は、中国やEUやロシアなどが掲げる政策である。90年代のアメリカ基準での世界統合策―グローバリゼーションが、WTO交渉の度重なる決裂によって停滞し、それに代わって、FTA型の二国間自由貿易協定締結に国際貿易ルールの重点が移っていることやEUの誕生とその一定の成功がこうした多極化を促しているのである。日本政府は、先のIFM報告など、ドル暴落の危険性を警戒する声が様々なところから出ている中で、日本政府も、外貨保有政策の多様化を模索し始めたが、財務省が、米国債から国際機関の発行債などへの投資を多様化するだけで、ユーロ保有比率を高めるなどの外貨準備そのものの多様化はせず、これまでのドル中心の外貨保有政策自体は変更しないと発表したように、今のところ多極化を進める気がない。
 韓国は、1997・98年のアジア通貨危機から国家破産→IMFの再建プログラム受け入れ→債務完済という過程を経て、経済改革を進めているが、このASEANプラス3の経済圏構想の中で「北東アジア技術・金融のハブ(中央)」(『中央日報』)を目指すことを表明している。アジア通貨危機まで、地域の中心的金融センターの地位を、香港、ソウル、シンガポール、東京が激しく争った。中国が、生産基地としてばかりではなく巨大市場となってきたこと、そしてアジア通貨危機からの一定の回復を果たしたASEANが、ドル一辺倒の通貨・為替政策の危険性を認識し、より安定した金融体制を築くために、ASEANプラス3のアジア経済圏構築に積極的になっていることに対応して、韓国が技術と金融のセンターに名乗りをあげたのである。
 04年10月31日の韓国紙『中央日報』は、前日の英紙『フィナンシャルタイムズ』社説が、ラオスで開かれた「東南アジア諸国連合(ASEAN)+韓中日3カ国」首脳会談についてふれる中で、「韓国では、民族主義が原因で経済改革が遅れ、保護主義的な指向が強まっている」と指摘したと伝えた。また、『フィナンシャルタイムズ』紙は、韓国政府を「成長率低下の犠牲を外国人投資家に負わせようとしている」と批判した。 その後も、同紙は、この間韓国政府が進めている外資による銀行役員数制限やM&A対策などの外資の規制に関する政策などへの批判を繰り返している。外資の制限につながりそうな政策がイギリスの経済紙から批判されているのである。それが国際金融資本の利害を代弁しているのは明白で、東アジア市場の金融支配のための競争戦を自己に有利にするために、政策をも動かそうというわけである。それに対して、韓国資本は。生き残りをかけた闘いに乗り出しているのである。
 韓国は、「南北共同宣言」後、南北貿易を年々増加させ、日本を抜いて、北朝鮮の第二の貿易相手となり、さらに中国に追いつきつつある。対北朝鮮投資も増大し、例えば、「開城工業団地では二万八千坪の試験団地で生産されたリビングアートの開城製鍋は、生産されてから約七時間後には、ソウルのデパートに届けられ、国内価格の約半分の価格で販売されている。つまり、韓国の資本・技術と北朝鮮の土地・労動力という相互補完的協力を通じて、初めて共存(win-win)のための経済協力事業として、可視化された」(『北朝鮮研究所』HP)。また、金剛山観光は年々拡大しているという。このことから、ノ・ムヒョン政権の「太陽政策」は、相互に利益を得ながら、北朝鮮の「改革開放」を漸進的に進めて体制変化の軟着陸を目指す政策であるが、経済関係などである程度の実績を積み上げていることがわかる。さらに、今年は「南北共同宣言」5周年で、南北海外共同行事準備委員会が、6月15日にピョンヤン、8月15日の解放記念日にソウルで記念行事を行うことを決定している。核問題などがあっても、経済関係の拡大と民族統一事業が進められているのである。
 他方、全労働者の半分といわれる約700万人にのぼる非正規職労働者をめぐる労使紛争が拡大し、政府と労組の対立が深まるなど、韓国社会の分裂が深まっている。韓国社会の階級階層分裂と階級闘争の深化・拡大が、ノ・ムヒョン政権を揺さぶり、それが民族主義による求心力回復政策を促している。

 中国の貿易相手は、アメリカ→EU→日本という順番である。中国は、アメリカを抜いて日本の最大の輸入相手国となった。中国市場への日本企業の進出も製造業から商業・金融などに多様化し、中国の中小零細企業との競争が激しくなっている。さらに、欧米企業や韓国企業などとの国際競争があり、13億人の巨大市場をめぐる競争戦が激しくなっているのである。アメリカは、事実上のドル・ベッグ制を取っている中国元の変動相場制への移行を要求し、不正コピー商品の取り締まり強化を求めている。日本の輸入も伸び悩んでおり、牛肉輸入再開への圧力を強めている。その背景には、財政・貿易の双子の赤字が拡大していることがある。2000年には、日本を抜いて、中国がアメリカの最大の貿易赤字国になった。2004年には、繊維製品へのセーフガード(緊急輸入禁止措置)やダンピング提訴などの対中貿易制裁措置が発動された。米国内産業界からの政府への圧力が強まっている。4月15日からのワシントンでのG7は、人民元の変動幅拡大を要求した。さらにIMFCは、各国の構造改革政策に期限をつけるよう求めた。いずれも、アメリカの強い要求である。
 アメリカは中国政府に対する圧力を強化しているのであり、経済関係という点から見て、中国にとって最大の懸案は米中関係である。
 さらにEU−中国間の貿易も増え続けている。日中貿易は拡大しているものの、米中、EU−中国貿易に比して低くなっている。逆に日本側からは最大の貿易相手国になっている。経団連奥田会長が、「抗日」デモに対して「中国に進出した日本企業は、こういう事態への覚悟はできている」と発言したことに明らかなように、日本の資本にとって中国は重要になっているが、アメリカ・EUなどに後れを取っていることへの危機感がある。それにも関わらず、反米ではなく「抗日」デモが起きたのである。

中国の「抗日」デモ問題は愛国主義では解決できない

 3月16日の島根県の「竹島の日」条例制定をきっかけに、韓国で起きた「抗日」デモに続いて、4月2日、四川省成都で始まった中国のいわゆる「抗日」デモは、9日北京、16日上海など、17日瀋陽などへと拡大した。すでに、歴史認識を正さない日本の国連常任理事国入り反対署名運動がネットで取り組まれ、1千万を超える賛同署名が集まっていた。
 韓国の運動は、明らかに、これまでも何度も「反日」運動を繰り返してきた元軍人や元情報部員などの愛国主義活動家であり、行動しているのはほぼそれに止まっているが、その主張は支持を広げている。そして、日韓FTA(自由貿易協定)締結交渉が延期されるなど、外交交渉や交流が一部で停滞した。
 中国の場合、インターネットでデモを呼びかけているのは、旧来の愛国主義団体のようであるが、参加しているのは、学生などの若者が中心であり、それに沿道からの自然発生的な参加者を加えて拡大しているようである。中国のデモが掲げるスローガンは、「抗日」「日本軍国主義打倒」「日本の国連安保理常任理事国入り反対」「侵略美化の扶桑社版歴史教科書採択抗議」「日本製品の不買」などである。
 中国では、「改革開放路線」による高成長が、沿岸部と地方の格差や失業・貧富の格差など、国内分裂を深め、その不満から、地方の農民デモや出稼ぎ労働者のデモなどが起きていた。そのことから17日付『毎日新聞』での中国研究者の中嶋嶺夫氏の意見のように、これは表面上は反日を掲げたものだが、実は反政府運動であるという見方がある。しかし、地方での農民暴動などは自らの要求を公然と掲げており、「抗日」運動という隠れ蓑を着る可能性は低いと思う。「抗日」デモのスローガンには、地方農民や出稼ぎ労働者、失業者の要求を表すようなものは今のところ見られない。
 また、天安門事件に衝撃を受けた江沢民政権が、「反日」を軸とする愛国主義教育を強めた結果だという見方がある。18日の町村−唐前外相会談で町村外相が「中国の愛国教育は結果的に反日教育となっていないか」と述べたというのはそうした見方を表しているが、中国の歴史教育が大日本帝国による侵略からの解放史を含むのは当たり前の話である。過去についての歴史教育が、現在の態度に直結するものではあるまい。歴史教育は、あくまでも過去についての認識であり、現在についての認識は多くは現在の事態によってつくられるものである。町村外相のような見方は、的はずれである。
 やはり、原因として大きいのは、この間の、小泉首相の靖国参拝以来の首脳外交の停滞や東シナ海のガス田開発を巡る利害対立や中国の潜水艦の日本領海通過事件や「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書の検定通過と少数とはいえ学校での採択などをめぐって対立が繰り返されていたことなどの直近の日中関係の問題である。
 日本は、過去の戦争を反省したことで、独立が国際的に認められたのだから、先の戦争を否定的に総括するのは国際公約といってもよいものだ。したがって、この間の靖国問題や歴史教科書問題が、この国際公約を反故にしようとする動きに見えるのは当然である。小泉首相が靖国参拝を繰り返しているのは、旧田中派の牙城となってきた日本遺族会を切り崩す派閥抗争のためもある。彼が自民党をぶっ壊すと言っているのは、自民党の旧田中派支配をぶっ壊すということであり、郵政民営化もその一環である。現に、森派は、選挙のたびに大きくなっており、彼の派閥政治は成功している。それが日本の構造改革だというのは、旧田中派が作ってきた権益構造を壊し、それにとってかわる新たな権益構造を作るというだけのことである。ただし、遺族会の高齢化や会員減少などで、それほど強い支持基盤になりそうもないが。靖国神社自体は戦争動員のためにでっち上げたものにすぎない。
 小泉首相は、すでに、過去の戦争の反省の上に立って未来志向の日中関係を築くという考えを表明しており、したがって、過去の戦争についての反省が不明確で戦争認識が誤っている扶桑社版歴史教科書が検定合格させてしまったことに責任がある。文科省による検定は、細かいところまで修正・削除を求めているが、その中では、イラク戦争の理由とされていたフセイン政権の大量破壊兵器保有がなかったというアメリカ自身の調査でも確定した事実を削除させたということまであった。扶桑社版歴史教科書については先の戦争を侵略戦争ではなく解放戦争として描くという戦争観の基本的な誤りなどが是正されていない。検定制度がある以上、それについての責任が政府にあることは明らかである。検定制度を廃止して責任から解放されるか、検定基準を明確化して扶桑社版歴史教科書を不合格とするかである。
 18日に発表されたテレビ朝日の世論調査の結果によると、歴史認識問題で、日本側に問題があるとする割合は、若年層ほど高く、高齢になるほど低い。歴史認識問題では、高齢層の認識が世論の前面に出ているだけなのである。要するに社会的影響力の差が出ているということだ。日中の若者同士が歴史認識で理解し合う可能性は高いのである。頭が「老人」化している保守派ではなく、頭が柔軟な「青年」が、未来志向の外交の担い手にふさわしいのである(「老人」「青年」は実年齢のことではない)。

「左」「右」の愛国主義・民族主義を暴露し、プロレタリア国際主義を

 中共は、愛国主義に陥り、世界革命を放棄し、プロレタリアートを裏切っている。それは、1989年の天安門事件で、巨大な大衆運動を世界プロレタリア革命の推進力として指導・発展させずに武力弾圧するという誤りを犯したことで証明されている。今度の「抗日」デモに対しても、プロレタリア国際主義的運動として発展させる指導はできないし、そのつもりもないだろう。デモの一部で「日帝打倒」のスローガンが掲げられているが、中共指導部は、それに応えることはないだろう。われわれは、中共のプロレタリアートへの裏切りを批判するが、同時に、先の戦争が帝国主義侵略戦争であったという歴史事実を認め、真実を直視する。
 共産主義者は、あくまで世界ブルジョアジーと世界プロレタリアートの対立という立場から、また、世界革命を促進するという立場から、事態を評価しなければならない。右派や愛国の党を公言する日本共産党や中嶋嶺夫氏などのように、自民族や自国の立場に立つことは、プロレタリアートを裏切ることである。
 大日本帝国の侵略からの解放闘争のさきがけとなった「5・4独立運動」記念日が近づいており、さらなる「抗日」デモが起きる可能性もあるが、事態を民族主義の宣伝・煽動に利用し、民族間対立へと持ち込もうとするブルジョア民族主義とそれに追随する小ブルジョア民族主義を批判・暴露し、プロレタリア国際主義の精神を満たすことが必要である。




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