共産主義者同盟(火花)

イラク情勢について(6)

渋谷 一三
281号(2005年1月)所収


<はじめに>

 米軍は未だにイラクを撤退することは出来ないでいる。選挙後も撤退できないだろう。戦費が嵩み、05年1月25日発表の財政見通しで、米国自身が大幅な財政赤字を予測している。ドル安が進行し、ユーロが相対的に上昇し、相対的基軸通貨化が進行するであろう。円も一見円高に見えるがユーロに対しては円安が進行している。03年11月に125円だったユーロが05年12月には140円になっている。一方、対ドルで見ると、時期を同じにして比較すると、110円が104円になっている。ドルに対しては形式的円高だが、ユーロに対しては圧倒的に円安が進行しているのである。要するに「ドル安が大幅に進行し、円安も進行しているがドルほどではない」という事態が生まれているのである。この原因の大半はアフガン・イラク侵攻による戦費にある。
 本稿では、イラクでの選挙結果を分析するとともに、米帝の侵略戦争が世界経済にどのような構造的変化をもたらしているかを分析する。

1. ゆらぐドルへの信用

 99年のユーロ発足により、基軸通貨としてのドルの地位は脅かされている。99年1月時点のユーロの対ドルレートは1.1899ドルであった。その後2年間ユーロは下がり続け、00年10月時点では、0.8230ドルにまで下落した。下落要因はユーロを手にした加盟諸国の中で、それをさらにドルに換金すると、自国通貨から直接ドルに換金するよりも得になる国々があったからである。この結果、欧州企業・金融機関は総体としては対米投資をする結果を招き、ユーロの下落と米国でのI.T.バブルを現出させた。こりもせぬバブルの崩壊によってドルは下落する。00年10月に底を打ったユーロは反転し、04年1月には1ユーロ1.2900ドルへと一貫して上昇していく。00年10月に比べて実に57%もの上昇であり、恣意的あるいはご祝儀相場=期待による実需から膨らんだ相場=的発足時の相場と比べても、約8.5%の切り上げである。
 発足後1年間のユーロ圏へは、銀行預金や借り入れという形での短期の資金流入が
1000億ユーロ超過しており、他方、株式・直接投資という長期債券を同圏外(主として米国)に流出させている。この役割は「世界投資銀行」とでもいうべき役割であり、この限りではユーロが基軸通貨になったのである。同じことを別の見方で見れば、欧州がバブルに沸く米国資産のリスクを下支えしたと見ることもできるし、欧州に集中した資金が米国のITバブルを生み、その崩壊に伴う損失を引き受けたと見ることも出来る。
 ドル安は産油国の収入を目減りさせた。このため、中東産油国は原油輸出価格をドル建てからユーロ建てあるいはユーロとドルのバケット建てに変更する動きに出た。このことも、米帝のイラク侵略の一因となったことは確かである。
 各国外貨準備高を統計すると、99年、ドル67.9%、ユーロ12.7%、円5.5%だったものが、02年には、ドル64.5%、ユーロ18.7%、円4.5%へと変化している。ドルからユーロへのシフトが始まっていることが見て取れる。こうした事情を欧州中央銀行総裁は「東アジア諸国の一部が、外貨準備を相当規模でユーロに移した可能性がある。また、特に中・東欧諸国は急速にユーロの使用を増加させている。」と報告している。
 
 さて、基軸通貨としてのドルの地位が脅かされるに至って、基軸通貨国であってこその「特権」であった負債・損失の移転の仕組みが機能しにくくなった(詳しくは別稿の「バブル移転の仕組み」を参照してください)。
 このことは重大で、今回のイラク戦争の戦費による財政の大幅赤字はドルの転落を過去に例をみない速度で進めるはずだ。かつては、財政赤字によるドル安を反面武器に転化させ対外債務を目減りさせるということをもって他国(米国に資本輸出している国、特に日本)に転嫁することが出来た。だが基軸通貨国でなくなればドル安は対外債務を膨らませる役割を果たす。100ドルの借金は、借りた時に13000円(1ドル130円として)だったのが、円高=ドル安(1ドル110円)になれば、11000円返せばいいことになる。ところが、ユーロ建てで100ユーロ(1ドル1ユーロとして)米国が借りたとすると返すときにドル安(1ドル1.3ユーロ)になっていれば借入時100ドル相当のユーロだったののが、返済時には130ドル相当のユーロ分を返さなければならなくなるといった具合である。
 戦費はドル建てなので、膨らむ心配はないが、財政赤字はドル安を進行させる。ユーロはイラク戦争には加担していないので相対的に上昇し、安定的通貨と認識され、ユーロの基軸通貨化が進行する。円高にされることで米国の負債をあがなってきた日本は対米投資をするどころではない。機関投資家も欧州や中国への投資をする。金融自由化によって米国資本に国内市場を奪われた形の銀行資本は、対米投資をする余裕などない。
かくして米国は歴史始まって以来経験したことのない局面に入ることになる。負債を他国に転嫁することが出来ず、留まることをしらぬように見えさえするドル安の連続という局面である。実際、97年までは年間1000億ドルだった経常赤字が、それ以降は年間コンスタントに4000億ドル超に達している。もしこの事態を避けようとするのであれば、米帝はイラクを撤退せずにその石油利権を握り締め、石油戦略によって基軸通貨国の地位を守る以外にない。
 米国はイラクから撤退できず、イラク国民の受難は続くことになる。こうした事態は長くは続けられないものである。イラク人民の反撃が組織されていくことになろう。それは、今の、旧政府軍の武器・弾薬を惜しみながら有効に使う散発的武力攻撃とは異なる本格的ゲリラ戦へと変わっていくことになる。イスラム諸国の政治的動きも変化するであろうし、欧州はお荷物の英国を米から引き離し取り込む政治的圧力を増大させるだろう。それは英国総選挙におけるブレア政権の崩壊という形をとって進む。欧州はこの機に一挙にユーロの国際基軸通貨化を推し進めるはずである。
 こうして事態の推移を見てくると、グローバル化と喧伝された事態の中身が見えてくる。

2.「グローバル経済化」とは米国標準の世界標準化戦略に過ぎなかった!

 ユーロ圏が確立されてくると、その当初とは違ってユーロは対米投資に向かわず、域内投資と中国などの東アジア諸国への投資に向かった。これは一見、新しい形でのブロック化にすら見える。グローバル化など決してしていなかったのである。実現したのはコンピューターによって金融市場が世界中で24時間休みなく開かれているという事態であり、資本が自由に国境を越えて移動するという事態である。
 仮にユーロが基軸通貨になったとしたらどうだろう。例えば日本に要求されるのはEU加盟条件を少しゆるめた形の基準だろう。それは現在グローバル化という言葉で語られている中身とは異なる。
 魔法から醒めてみると、何のことはない、米国が国際市場で有利に動けるための米国標準の押し付けであり、米国企業が動きにくいものの全てを貿易外障壁と呼んでその撤廃を強要してきただけのことなのだ。
 米帝に追随してきた日帝も共に仲悪く没落する。EUと、中国を盟主とするAUの時代が始まろうとしている。ブッシュにもコイズミにもこうした経済の地殻変動など見えようもない。

3.イラク選挙の結果分析

(1) 選挙前、20人の米兵が殺されるなど、選挙ボイコットを呼びかける反米派の闘争は、効果をあげている。選挙運動は公然と行うことが出来ず、有権者はただでさえ雨後の竹の子のようにできた政党の性格を掴めないのに、選挙運動がないため判断不能の状態に陥っている。この点からも投票率は下がるだろう。

(2) 少数派といっても人口の20〜40%を占めるスンニ派とシーア派のバランスを取ってきたということがフセイン政権の基盤だったのだが、資本主義の概念である民主主義を至上のものとして疑うこともないブッシュはフセイン政権の果たしてきたこうした役割を見ることも出来ず、多数の横暴を意味する民主主義をこの選挙で発動しようとした。この結果、スンニ派とシーア派との対立は抜き差しならぬものになっていくだろう。イラクはますます泥沼化していく。
尤も、ブッシュにとってそれは好都合なことぐらいにしか考えていないだろう。かの無知性の人物にとっての関心事は石油利権という即物的眼前の事だけである。この利権からのみ物事を考えれば、イラクの混乱は望むところである。

(3) 投票所への襲撃を恐れるあまり、暫定傀儡政権は自家用車で投票所に行くことを禁じた。公共輸送機関があまりないイラクにおいて、これは投票に行くなと言うに等しい。同時に投票所行きのバスを「政党」がチャーターするなど、実質上の買収を容易にする措置ともなっている。加えて、米軍が投票所への送迎を呼びかけるに至っては、選挙の「正当性」すらもなくなっている。

(4) スンニ派は選挙への不参加を表明した。

(5) 米国在住のイラク人有権者約23万人中、選挙登録をしたのは僅かに2万人にすぎなかった。

選挙結果は大本営発表になろうが、1週間ほどかかるというので、次稿にする。




TOP