戦争の危険とプロレタリアート
流 広志
252号(2002年8月)所収
戦争への道を突っ走るブッシュ政権
アメリカは,アフガニスタンでの泥沼の戦争行動に突入している。タリバン政権の崩壊からカルザイを首班とする暫定政権の樹立以降,国内での関心は小さくなっている。しかし,アメリカ軍は誤爆でアフガニスタンの民間人を殺戮し,さらに,肝心のオサマ・ビンラディンやオマルの行方は依然として不明である。米帝ブッシュが正義と邪悪の戦いを叫んで強行したこの対テロ戦争がどの程度の成果をあげ,どういう段階にあり,今後の見通しはどうなのか,まったくわからない状態である。それにもかかわらず,ブッシュ政権はイラクに対する戦争を準備している。ブッシュは,アフガニスタンでの戦争でのタリバン政権の軍事力によって打倒したことにそうとうの自信を抱いているようだ。その自信があるために,米軍の力量をもってすれば,地上戦でのフセイン政権打倒は可能だと判断しているようである。それが過信に過ぎないかどうかを冷静に判断できるような状態にはなさそうだ。純軍事的な能力差だけでは戦争の全てを判断することはできない。むしろ,湾岸戦争でも明らかなように,戦争が引き起こす政治上,社会上の長期に及ぶ影響の方が重要であり,それは戦争の性格によって規定されるのである。
対イラク戦争には,ロシア,イラン,サウジアラビアなどが明確に反対し,ヨーロッパ諸国も慎重な態度をとっている。湾岸戦争は,フセイン政権がクウェートに軍事侵攻し占領し,一方的に併合し,石油資源を握ったり,残虐行為があったために,利害や正義感に訴える要素がそろったことで,同盟に参加しやすい情況があった。しかし今回は,大量破壊兵器の開発製造「疑惑」であり,査察拒否への制裁であり,警察的活動の一環である。その場合には,国際的な合意が必要であろうが,ブッシュはユニラテラリズム(一国主義的外交)と言われる自己中心的な外交姿勢をとり,国連を自国の利益のために利用するかあるいは無視しているために,かかる合意形成は困難と予想される。ブッシュは,フセイン政権がアルカイダを支援していることを戦争正当化の理由にしたいようだが,今のところ両者のつながりを示す決定的な証拠は出ていない。
そして,この問題にはパレスチナ情勢が絡まざるをえない。例えば,湾岸戦争で米軍に基地を提供して参戦したサウジアラビアは,アフガニスタンでの戦争での米軍基地使用を拒否し,また対イラク戦争での基地使用拒否を明言している。それが中東でのアメリカのプレゼンスの弱体化をもたらしているために。中東の米軍はペルシャ湾岸地域に軍事拠点の重点を移しつつある。しかしその背後には,アメリカがテロリストの巣になっていると警戒しているイエメンがある。アラブ諸国がアメリカに批判的姿勢を強めている原因はいうまでもなくパレスチナ問題でのブッシュのイスラエル寄りの姿勢にある。
この間,パレスチナで,イスラエル軍は,テロにたいする正義の戦争と称して,平然と民間人の殺戮と家屋・農場などの生活破壊を行い,それに対するパレスチナ側の報復の自爆攻撃が繰り返されている。アメリカとイスラエルは,その責任をアラファト議長に帰して,彼を交渉相手としないという態度を明示し,また民主化を求めている。「民主化」はアメリカが使う常套文句であるが,この場合の現実の意味は,アラファト議長を排除することである。それに対して,パレスチナ自治政府は来年の普通選挙を確約したが,現在6割の支持率を有するアラファト議長が再任される可能性が高い。民主化はこの場合,アメリカとイスラエルの意志をパレスチナに押しつけるための口実にすぎず,問題先延ばしの政略にすぎない。問題解決のためには,イスラエルの国家暴力と不法状態を解消することが先決であり,そういう姿勢を実際に示すことで,自爆攻撃の口実を消す以外に,問題解決への道が切り開けないことは明らかである。イスラエルの軍事行動の即時停止,パレスチナの地からの撤退,入植の停止,すべての占領地のパレスチナへの返還,パレスチナ国家の承認,国家間条約の締結,等々という具合に具体的に問題解決の道を一つ一つ進んでいくこと以外に,和平が前進するわけがない。かつて,銃剣によって建国し,軍事力で領土を広げていった侵略国家イスラエルがそうやすやすとそういう方向に進むとは考えにくいが,イスラエルがそういう道を進むように国際的な圧力をかけるほかはない。しかしそれもアメリカのために困難となっている。とおの昔に,占領地からの撤退を求める国連決議が採択されている。ところが,イスラエルの主要都市への侵攻と議長府包囲に対して,アラファト議長は国連に国際平和部隊の派遣を求めたが,アメリカの妨害で葬り去られてしまった。そんなことが繰り返され,パレスチナ情勢は膠着状態に陥っている。
しかしこの間,ヨーロッパから活動家が続々とパレスチナに入ってパレスチナ側に立った活動を行い,また日本からもNGOをはじめとする活動家が現地入りして活発に動いていることが報道などを通して伝えられている。さらに,日本国内での支援連帯活動が取り組まれていることがネットなどで広報されている。かかる取り組みの国際的な拡がりの中で発展するプロレタリア国際主義勢力によって,パレスチナ人民とイスラエルの自覚した国際主義プロレタリアートとの連帯による真の問題解決の道が切り開かれるだろうし,それを促進しなければならない。
ブッシュ政権は,イラクが,査察拒否している間に生物化学兵器などの大量破壊兵器を開発製造し,それを大量に隠しているとフセイン政権を非難している。それがイラク攻撃の正式の理由である。湾岸戦争でフセイン政権を打倒できなかったアメリカは,アフガンでのタリバン政権の軍事攻撃による打倒に力を得て,その勢いで,フセイン政権を打倒しようというのだ。戦争準備は,まず予算大幅増額の軍拡によって行われている。8月1日,アメリカの上院で,総額3554億ドル(約42兆3千億円)の03年会計年度(02年10月〜03年9月)の国防予算案が圧倒的多数で可決された。それは前年度比344億ドル(約4兆900億円)増の大幅増である。下院はすでに総額3547億ドルの国防歳出予算案を可決しており,9月には両者の間で最終額が決定するが,いずれにしても大幅な軍事出増である。軍事費は軍需産業の需要表でもあり,アメリカの軍需産業が新たな需要を獲得したことになる。アメリカは,株価の大幅下落などを契機に,財政悪化が確実になっており,ふたたび1980年代のような双子の赤字への転落が懸念されている。それにも関わらず,大幅な軍事費の増加と戦争準備の開始は,その危険性を増している。
対イラク戦の戦争準備では,すでに上下両院の議会の支持を獲得し,戦争計画案が策定可能な段階まで進んでいる。アメリカではそれがリークされて問題になっている。しかしロシア,サウジアラビアなどの反対,ヨーロッパの慎重論が残っており,国際的な支持や参加がどれだけ得られるかの見通しはたっていない。
米帝と共に戦争準備を進める小泉政権
2002年版『防衛白書』は,9・11事件とその後のアフガニスタンでの戦争を受け,テロ対策を中心にして書かれている。9・11事件後の対タリバン・アルカイダ戦争に際して,小泉政権は,徹底的にブッシュを支持し,アメリカ寄りの姿勢を貫いた。官邸・外務省・防衛庁幹部は,すばやく対応し,根回しを進めて,自衛隊海外派兵を含むテロ対策基本法を短期間で成立させた。官僚と小泉政権がみせた国民無視のすばやい連携プレーであった。『白書』には,そういう小泉政権と防衛官僚のアメリカべったりの見方が露骨に現れている。『白書』は,9・11事件にたいする「テロリズムとの戦いを自らの安全確保の問題と認定して主体的に取り組み,同盟国たる米国をはじめとする世界の国々と一致結束して対応する」との政府方針を引用し,対テロ戦争を継続しているアメリカとの軍事協力体制を維持することをのべ,テロ対策支援法に基づくインド洋での海上自衛隊艦艇による補給活動や改「正」自衛隊法に基づく国内自衛隊施設と米軍施設の警護に取り組んでいることを強調している。しかし,ユニラテラリズムを強めるブッシュ政権との協調が,国際的孤立を招きかねないという危険性の認識がないまま,アメリカの対イラク戦争準備に触れるという認識の甘さを露呈している。
そればかりか,『白書』は,冷戦時の認識のまま,定義のあいまいな武力事態事態なる概念をもとに,いわゆる有事法制関連3法案を国会提出し,結局は可決成立できなかったことに対する真摯な反省もないまま,国民保護法制を整備して付け加えればよいというような官僚主義的なことを書いている。問題は,有事関連3法案は現実に対応できない代物ではあるが,それが防衛官僚によるあるいは国家官僚による一般国民の統制管理の強力で余計なスキームを与えるという点にある。これによって自衛隊は,武力攻撃が予想されるとなれば,実際に武力攻撃がなかったとしても,国民の人権や諸権利を制限し,人々の身体・財産・施設・その他を,有無を言わせず国家の統制・管理・命令・指令に服させ使役できることになる。自衛隊は自由に活動できるが,人々は不自由となる。ここには人々の不当な侵略者を実力で撃退する権利や自由というものも認められず,その能性について言及されていない。憲法上存在するとされている日本国民の自衛権は,自衛隊のみが有する権利ではない。自衛隊は国民の自衛権を依託されているだけの存在なのだ。なぜなら自衛隊が出来る前に国民の自衛権は存在していたのだから。自衛隊は,武力攻撃事態においても,この人々固有の権利を否定できない。それについてはまったく無視しているのだ。
政府はこの間,自衛隊の実戦化を進めてきたが,その中で自衛隊ではいろいろな問題が発生してきている。その一つは,情報公開請求者について追跡調査を行い,そのリストを違法に作成保持し,庁内各処で閲覧していたという自衛隊による思想調査行為が違法に行われていたという事態である。それについて,『白書』も再発防止を行うと述べているが,そもそも違法という認識なくリストが作成され多数の幹部の間で閲覧されていたこと自体が,こうした行為を当然とする環境が存在してきたことを意味するものであり,それが体質となっていることをうかがわせるものである。すなわち,自衛隊が人々の思想調査や監視を当然とする体質があるということである。それを根本から改めるとなればそうとうの努力が必要であろうが,それにしてはあっさりした言い方に止まっている。第二に,海上自衛艦の放火事件の再三の発生に見られるような自衛隊内の処遇をめぐる上部と下部との対立が激化しつつあることが外部からも見える形で現れてきていることだ。実戦化を強めるたため,過度の緊張を強いられる過酷な任務が増大しそれに伴うストレスが増加したということが考えられる。アメリカでは,先に,フォートフラッグでアフガニスタンで作戦参加した特殊部隊員が家族を殺害したり自害する事件が立て続けに起きたことが問題になっている。アメリカ軍人家族内での家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)の発生率は一般の5倍,軍人の三分の一にもおよぶと言われている。これまで本土専守防衛を任務としてきた自衛隊員は,海外の戦闘地域に近いところでの緊張度の高い任務への参加によって,相当の疲労と緊張を強いられているのは疑いない。
中台関係の緊張は,『防衛白書』があげる脅威の一つである。アメリカ政府は台湾にたいする中国の軍事的脅威を強調する見解を発表した。一年前には軍事力の比較から中国の軍事的脅威を低く見積もっていた見解を180度転換したわけで,こうしたものが政権の都合で簡単に変わってしまうという見本のような話しとなった。もちろんこれは軍需産業の需要表でもあって,さっそく台湾当局は戦力増強のための兵器購入に言及している。台湾では,陳総統が,独立を問う投票制度を作ると発言し,独立への執念をみせている。それに対して,中国政府は「一つの中国」の原則を強調して,独立強行には武力攻撃を辞さないと返している。中台関係は,政治的には緊張しているが,経済的な結びつきは深まっており,中国大陸への台湾企業の進出がかなり進むなど台湾経済は大陸経済に依存するようになっている。それは労働力においては,台湾での船舶火災事件で明らかになったように,台湾漁業を支える労働力の供給地が中国の非合法労働者となっているのである。
台湾独立問題への共産主義者としての態度については,基本的な観点をプロレタリア革命の促進に置くと同時に民族的抑圧関係を見極めることが必要である。中国政府が「一つの中国」原則を掲げ,独立すれば武力攻撃してもそれを阻止するとして軍事力を背景にした脅しをかけているのは事実である。しかし台湾の自主性や自立性を実際に抑圧できないということに注意しなければならない。中国は実際上,台湾を支配も統治も抑圧もできないのである。沖縄を中心に在日米軍約2万1千人,航空機130機,在韓米軍約2万9千人,航空機90機,洋上には米第7艦隊40隻艦載機70機,の米軍兵力が存在し,核武装して台湾海峡をにらんでいることを忘れてはならない。台湾の陳総統自身が「これまでも台湾は実質的には独立国として主権を行使してきたのであり,その状態を法的に認めることで真の独立をすることが必要だ」と言っているのである。陳総統は,これまで中国が台湾の独立を抑圧することはできなかったし,両者の間には民族的な抑圧−被抑圧関係はなかったという意味のことを言っているわけである。独立派の主張は,今後も,すでにある独立状態を保ちたいということであり,民族的に抑圧され独立を奪われている状態からの解放を求めているわけではなく,被抑圧民族として抑圧民族からの解放を求めているわけではないので,かれらの一部がそれを口実にしているとしても実際には民族自決権の行使を求めていないのである。したがって,台湾独立派を民族自決権を理由に無条件支持することはできない。それが中国の「一つの中国」論を支持するかどうかということと関係ないことは言うまでもない。
防衛庁での情報公開請求者リスト作成問題もあって,有事関連3法案が継続審議となってしまったが,小泉政権は,国会審議で問題とされた国民保護法制の問題,それから不審船対応,大規模テロ対応,などについての対処を盛り込んだ上で,秋の臨時国会での成立を目指している。一方,米帝ブッシュ政権は,イラクとの戦争準備を着々と進めおり,いずれ同盟国に支持・支援を求めてくるだろう。8月8日の総理経験者の会合で,中曽根,宮沢などは「イラクに対する戦争には大義がないのでこれを支持することは世論の支持を得られないだろう」と述べ,小泉首相は「慎重に判断する」と答えている。野中自民党元幹事長は「対イラク戦争には現行法では対処できない」と述べている。アメリカはイラクから直接攻撃されたわけではなく,アフガニスタンのケースとは明らかに事情が異なるからである。とはいえ,沖縄をはじめとする在日米軍が,対イラク戦争においても重要な役割を果たすことは間違いないし,日本政府が積極的に支持・支援することはなくとも,在日米軍の自由な基地使用を認め,あるいは先の自衛隊法改「正」によって在日米軍施設の警護を自衛隊が行うこともありえるわけで,結局は,事実上の米側に立った戦争協力を行うだろうことが予想される。かくして,アラブ諸国や中露などが反対し,ヨーロッパ諸国が慎重姿勢を取るかも知れないような対イラク戦争において,日本政府が米英・イスラエル寄りの立場で国際的に突出するような場合があるかもしれない。それは官邸・外務省・防衛庁幹部の親米派が日本外交のヘゲモニーを握っていることが,アフガニスタンでの戦争の際にはっきりしたことからも推測される。
有事関連法で先延ばしされた国民保護法制について,政府は,秋の臨時国会に概要を示すとして検討作業を進めている関係官庁の官僚の作業チームの検討内容の輪郭が明らかになった。それによると,国民保護法制は,業務従事命令と物質保管命令を中心とし,罰則規定を設ける強制力をもつ私権制限の法制となっている。7月24日の衆議院武力攻撃事態特別委員会で福田官房長官は「思想,良心,信仰の自由が制約されることはありうる」と述べている。小泉政権は,戦時を想定した体制整備を進めようとしてきているのであるが,それが具体的にどんな事態であるのかは,「備えあれば憂いなし」などという一般的なむなしい小泉言葉によってごまかされているだけで,いっこうにはっきりしない。緊急事態への備えは,そういう事態を想定した装備と人員・訓練を必要とするので自衛隊の需要表であることは言うまでもない。当然,それは軍需産業の需要表である。それは,電子政府化政策が,IT産業の需要表であるのと同じことである。
ブルジョアジーのための戦争を阻止し,革命による真の平和を!
このようにブルジョアジーとその国家のための戦争が繰り返されている。戦争を求めているのは口先では平和を唱えもするブルジョアジーである。そのために,大きな犠牲を受けるのは,プロレタリアート人民や貧農であることは,アフガニスタンで起きていることが明瞭に物語っている。全世界からの資本主義の一掃を目指すわれわれは,平和を目指し,資本のための戦争策動に対決し,自国政府の敗北を促進するために闘う。帝国主義軍隊内ではすでに上下の対立,階級対立,差別による対立,ブルジョアジーのための戦争に対する批判意識等に表される諸矛盾が様々な形を取って現れている。自覚した軍人がプロレタリアート側に立ち,軍隊内の自覚したプロレタリアートとして行動し活動するようになれば,真の平和への大きな前進となる。それを,大規模なデモンストレーション,ストライキ,サボタージュ等々,あらゆる形でのプロレタリア人民の帝国主義戦争阻止の自国政府への闘いと結びつけ,プロレタリア国際主義の闘いと結合して,革命が帝国主義戦争に打ち勝ち,全世界から資本主義を一掃し,真の友情に基づく国際関係を打ち立てれば,真の平和が実現されるのである。