共産主義者同盟(火花)

小泉構造改革のゆくえと参議院選挙の結果

渋谷一三
240号(2001年8月)所収


1.小泉構造改革の行方

 小泉の掲げる構造改革の一つの柱=国家財政の健全化について、前回「小泉人気と小泉構造改革のゆくえ」でふれた。要約すれば、無駄な公共事業を廃止し特殊法人の整理が出来るか否かは、農業へのアプローチによって決まり、結局のところ、大したことは出来ないと結論づけた.
 今回はもう一つの柱、不良債権処理の問題について考えてみる。
 不良債権の総額は政府発表で12兆円、民間推計の最大値は200兆円とされている。
 不良債権として損益計上すると決断するか、なおも取り立てを追求するかの判断によってその額が動くのは当然であるが、算出の基礎となる各銀行の試算のトータルがこれほどまでに開きが出るというのは不自然ではある。
 郵貯の残高が100兆円超、これを郵貯民営化ですべて取り崩してしまうとしても100兆円が限度ということになる。これは国民の動産をほぼゼロにしてしまうという「痛みをともなう改革」になる。もちろん郵貯の通帳には残高計算は残るのだが、不良債権を処理するということは、それを抱えている銀行が向こう3年間に一気に損益計上してしまうということだから、大幅赤字の銀行を民営化された郵貯が吸収合併するというシナリオが見えてくる。だから全ての銀行を残すなどということは考えようがない。国際決済に必要な5行程度を残し、あとはもし生き残る者があれば勝手に生き残ったらよろしいということを意味する。
 したがって、推測になるが、政府は残す予定にしている16行の不良債権のトータルを12兆円として不良債権処理の総額として発表しているのではないか。
 そして実際に最大限痛みを伴っても、できる債権処理の金額はこんなものだろう。なるほど納得の数字とも言えよう。
 もちろんその他の数百行の不良債権は銀行の倒産を通じて消滅し、倒産した銀行の資産で穴埋めしても足りない部分ほ、もちろん銀行株をもっている人の損益となるし、銀行への債権者の損益になることはいうまでもない。1千万を越える預金をしている人の1千万を越える部分はもちろん消滅する。借り逃げ防止の観点からも不良債権処理機構が一生涯債務者を追い回すのは言うまでもない。「痛みの分かち合い」成功。
 だが、そんなことで穴埋めできる額ではない。その金はやはり郵貯を民営化し、民営化された郵貯銀行が低金利政策とあいまって少しずつ穴埋めして行く以外にはなさそうだ。取り得る政策はおよそこのようなものでしょう。
 もちろん他の政策を夢見ることは自由だ。たとえば根強くあるインフレ政策待望論だ。インフレにしてしまえば不良債権は一気に消滅してしまう。塩漬けの土地も高値で売却できようというものだ。
 で、バブルゲーム崩壊後十年以上もインフレをそれなりに模索し追求した結果が何よりインフレ政策が実現不可能なことを示しており、もう決断して損益処理をしてしまわない限り景気はデフレスパイラルになる、すなわち経済規模の縮小再生産になるという決断が小泉急浮上の根拠だったのだから、丁寧に分析する必要もなかろうと思われるかもしれない。筆者がここで注目しているのは、どうしてインフレ努力をしてもインフレにならないのかという点である.
 根拠は国際競争力ということにあろう。インフレにするには利率を高く設定しなければならない。が、不良債権を抱え込んだ銀行を救済するために超低金利政策を取らざるを得なかった。高金利に設定して顧客に利子を支払う負担はリスクと意識されたし、何より預金は余ってしまっている。日銀は低利に設定するしかなかった。
 低利政策の下でのインフレを追求するには、労賃を上げ消費を促進し、製品価格を上げ物に変えておいた方が得だという心理を醸成しなければならない。それがまた消費を刺激するという循環だ。
 これのみでインフレが達成できるわけではないが、仮にインフレが達成できたとすると間違いなく労賃は上がり製品価格は上がる。これで輸出に耐え得るだろうか。無理だ。そもそも労賃が上がりすぎ、国際競争力を失いつつあるのが製造業の現状であり、それはまた、インフレ政策の必然的結果でもあった。今日、製造業だけではなく、第1次産業も物価高(=労賃も高くする以外にない)により国際競争力を失い、産業空洞化は第1次産業・第2次定業をおおっている。
 長期的には、物価を下げ労賃を下げないかぎり、国際競争力は回復しない。生産性の向上によって国際競争力を維持する努力は限界を越えている。
 こうして見てくると、インフレ政策を願望することは、全くの夢想であり、不良債権を損益として処理してしまわないかぎり、デフレスパイラルの中で、不良債権額は膨らみ負担が増す。決断する以外にはない。
 不良債権を処理すると決断したところで、選択できる政策の幅は極めて狭い。先に述べたように12兆円前後の不良債権を処理できればよいだろう。
 銀行がどれほど倒産しようが、1000万円を越える預金をもたない庶民にとってはどうでもよい。さんざんおいしいめを味わって、バブルを演出し、庶民に害を及ぼしたのだから。この時期に住宅を購入した人々は今だに高金利を払い続けている。それも「本当」に高い住宅価格(元本)に対しての高金利である。銀行がどうなろうと知ったことではないばかりか、一部の銀行であれその救済を政府がすること自体も苦々しいことだろう。全部つぶれて私のような優良債権もなくなってしまえと思って当然である。江戸時代なら徳政令で、不良債権も優良債権もまとめてちゃらに出来たが、今は優良債権は生涯取り立て続けられる。この違いは政権が資本家階級にあるかどうかの違いに由来する。江戸時代の商人は徳政令の度に莫大な損害を蒙ってきたのである。経済政策の失敗のつけを一手に引き受けて損してきたと言えよう。今は、資本家階級が政権を担っている。したがって、徳政令はない。
 取り得る政策は大手銀行数行を救済し、郵貯を民営化することで、目に見えない形で損益を吸収させていくという政策しかなきそうだ。参議院選挙後に郵貯民営化が本格的に打ち出きれてこよう。
 この点を国民がどう判断するのか。今回の参議院選挙が興味深いゆえんである。

2.参議院議員選挙の結果とその分析

 視点
    (1) 低投票率     (2.4%減)
    (2) 農村部の投票傾向
    (3) 小泉支持の理由 (財政再建67%)
    (4) 非拘束比例代表制(有名人候補擁立)
    (5) 株価の低迷(財政再建では株価上昇の理由にはならない)
    (6) 各党党首のコメント

 前回より都市部で特に投票率が低下している。「小泉さんは支持するが自民党に投票しにくい」とインタビューに応じていた若者がいたが、これが低投票率を説明している。小泉改革がどうでるのか全く不透明な中で、財政再建には賛成でも不良債権処理による失業者の増大=景気のより一段の底打ちには不安がある、この心理が棄権に向かわせたと分析する。そしてこの心理はまた正しい選択だと思う。
 小泉旋風の中で大変な選挙だったと繰り言を繰り返している野党のどこも、小泉旋風がなぜ吹いているのかの分析すらしていない状況の下で、投票すべき野党を見出せなかったというのは、もっとも正確な現状分析だったとも言えよう。
 他方、農村部ではそれほど投票率が落ちなかった。
 今後開発輸入は増えこそすれ、減りはしないだろう。しかし、財政再建は農村部にとって地方税が増える限りにおいて、必ずしも敵対的政策ではない。また、不良債権処理による景気の悪化はサービス業や製造業を打撃するほどには農業に打撃を与えはしない。こわいのは農産物の完全自由化だが、これも最早守るべきものをあまり持たない。投票率がさほど低下しなかったばかりか徴増した地域もある根拠は、およそこうしたことだろう。だが、その農村部ですら、投票率が60%を割っている地域がほとんどである。むしろ、この点こそ、分析されねばならない。筆者の分析は前稿で述べた通りである。ただし、橋本派で道路特定財源の見直し反対・郵貯民営化反対・反小泉をはっきり掲げた鳥取などでは投棄率は下がっていない。
 社民党幹事長「護憲では票にならない」などと間の抜けたコメントを発している限り、7議席から3議席に減るのも当然だ。護憲が悪いのではなく、護憲をお経のように唱えたところで現実の問題は解決しない。現実の問題をどう措定し、その解決策・対応策をどう提示するか、それこそが政党の任務なのに、何を寝呆けたことを言っているのか。論評に値しない。
 鳩山民主党首「選挙制度が悪い」「知名度がないと当選できない」。全く現実に対応できていない。郵貯民営化に賛成なのか反対なのか。反対ならどう不良債権を処理するのか。ここをはっきり打ち出さず、自らも賛成してきた小選挙区に文句を言っているようではどうにもならない。知名度?大橋巨泉の票を当てにしていて何をか言わんや、である。無節操ぶりを曝け出した野坂昭如や戸川昌子などタレント候補を寄せ集めた自由連合の完敗をみれば、市民が政治的に未熟だなどとは到底言えない。このような感覚ではどうしようもない。
 共産党を上回る6議席を獲得し、第4党に躍進した自由党が1次産業の票を吸収し、皮肉にも反小泉票を吸収した。自由党の政策は決して1次産業の擁護ではないのだが、これによってねじれを抱え込むことになろう。

3.激動・大混乱の時代へ

 選挙結果が出た。予想通り、自民党の勝利である。小泉さんによって自民党は命脈を保った。ただし、議席を増やした橋本派をはじめ、改革反対派はそうは認識できていない。 小泉改革はごたごたの末、始動するだろう。郵貯民営化に着手できるかどうかは分から
ない。おそらく、無理だろう。仮に、民営化を断行し、世界一の貯金残高100兆円で不良債権を吸収していく過程に踏み込むならば、株価の大幅下落の可能性も出てくる。いつも米国発の株価暴落に翻弄されている日本が、初めて日本発世界不況を実現できるかもしれない。誰もが予想できず、その過程過程で対策を取らなければならない局面が連続する事態に突入する。公定歩合の下げ幅はない。ITバブル崩壊によって連銀のレートを下げることのできた米国とは違う。大混乱が待ち受けている。
 で、結局のところ財政健全化の政策を推進するに止まることだろう。特殊法人の整理・民営化を全てなしとげ、道路特定財源の見直しに成功し、消費税を14%に増大させ得たとして、財政赤字は解消しないばかりか、引き続き増加する。ただ増加のスピードを少しにぶらせる程度の効果しかもたらさない。
 2000年の米国の平均年収が手元にないので、95年時点で比較すると、米国の平均年収はおよそ1万ドル。日本のそれはおよそ400万円。日本の平均年収が米国の約3倍にまでなっている。
 購買力平価は1ドル150円前後だから、円安が進むとしても、賃金を半分にしない限り国際競争力は回復しない計算になる。実際は円安にはならないから、60%近く賃金を減らす以外にはない。これもまた、不可能なことである。円高により、安価な原料や電力が得られているのであるからして、事態は複雑だ。すでに、国際分業も進んでおり、安価な労賃を求めて日本企業もほとんど現地生産し、「逆輪入」している。農産物も大豆、海草をはじめ実に多くが輸入に依存している.
 こうして見てくるとデフレが緩やかに進行する以外にはない。政策によってどうこうなる種のものではなく、長期傾向としでデフレが進行する。不良債権を処理できたと仮定したところで、デフレが進行する。失業者が増加し、未来への期待をもてなくなった気分とあいまって社会不安が増し、犯罪も増加する。帝国主義として成功した必然である。円高によって、後進国から収奪してきたのだし、後進国の安価な労働力を利用して現地生産をしてきた以上、日本の労働者の就労先が減少する以外にはない。英帝国主義が最盛をほこった時にサービス業が80%近くになったように、就労先は国内でしかバランスしないサービス業しかない。英国はその後長期に英国病によって労賃を下げ、ポンドの大幅下落によって「復活」した。サッチャー改革が成功したわけではない。同じ道をたどる以外にはない。違いは日本が英国ほどには帝国主義として成功したわけでもなく、世界経済が英国の時ほど、あるいは米国の時ほど国民経済の色彩を残しておらず、より地球規模化している点である。




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