共産主義者同盟(火花)

ASEAN諸国の通貨危機と日本の金融危機

渋谷 一三
198号(1998年2月)所収


 97年10月、香港に端を発した株価の下落は日本を襲い、米国の株価を下げ、一巡した。 香港に端を発したのは、そこが東アジアの金融センターであったからであり、米国が押し戻したのは、そこが日本ほど東アジアに投資していなかったからです。
 本稿では、米国から移転されたバブルが、日本からASEAN諸国に「不十分」ながら移転されたことの暴露を行う。

1.

 タイのバーツがたまたま発端であったために「バーツ暴落に端を発する通貨不安」と形容されるASEAN諸国の通貨暴落と株安の進行であるが、それは、タイが原因でもなければ香港が原因でもなく、インドネシアが原因でもなければ韓国が原因だったわけでもない。
 原因は、この地域に投下された「過剰流動資本」であり、この主因は日本であり、ついで米国、EUが原因を形成している。
 タイではバブルという用語が定着しはじめ、韓国でもこの用語は浸透していた。すなわち、バブルが発生していたのです。いずれバブルははじけるしかなく、何時はじけるかを不安に思いながら、はじけるまではポーカーゲームをしていたというのが本当のところです。始めてしまったポーカーは、強気でいく以外にはない。タイでバブルがはじけた途端に連鎖が起こるのは必然でもある。タイの実体経済が悪く破綻したのであれば、それはタイのみに影響が大きく、こうまで急速に連鎖するはずがない。どこかのバブルがはじけた途端にポーカーゲームの手の内の札を見せ合うことになり、それがバブルにすぎなかったことを確認した途端にゲームは成立しなくなる。それが急速な連鎖の根拠である。
それはちょうどメキシコの通貨危機という形式を取って米国のバブルがはじけたのと酷似している。人間は学ぶから、バブルはもう起きないだろうという予想とは逆に、米国のバブルは日本に移転され、日本のバブルがASEAN諸国に移転されたということを、事実と
して物語っている。
 人間の理性への期待なぞ踏みにじり嘲笑う形で利子生み資本が運動している。
 こうした厄介なものとして利子生み資本の運動を分析していく必要性がますます増大している。
 タイのバーツやインドネシアのルピアは、ドルに対して1/2倍〜1/3倍へと下落したが、これは見方を変えれば、「成長神話」=バブル以前の水準に戻っただけにすぎない。

2.

 この過程を追ってみよう。
 97年9月20日付の朝日新聞は、次のように報じている。

『日本の超低金利、為替安により、海外の銀行などが、安い円をドルに転換し、海外に持ち出して運用する【円キャリートレード】が、国際的な太い資金のパイプとなっている。 野村総合研究所によると、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシアの四カ国への資本流入額は、94年の235億ドルが96年には453億ドルとほぼ倍増した。同研究所の高尾研究理事は「円キャリートレードで金利と為替差益の両方を取れることになり欧州の銀行などはアジアに貸しまくった。米国株式市場の上昇も後押しした。」と分析する。
 一方、米国市場への資金流入はとだえなかった。むしろ、「アジアから引き揚げられた資金は、当初、円に戻るかと思ったが、結局、米国、中南米への市場にむかった」(斎藤、三和銀行上席調査役)という。
 日本の景気の弱さを理由に円キャリートレードの条件は続くとみた海外投資家が、経済の好調な米国などに資金を集中させている。』

(1) 円キャリートレードが急速に拡大していること、
(2) 円キャリートレードは、海外投資家一般ではなく、円を保持している投資機関
すべてが行っている。
(3) 資金は米国金融市場に一旦集中している。

 人が言っていないことを言う為に、あるいは、人が歯に衣着せて言っていることの本当の所を言うために、少しまわりくどくなる点を我慢していただきたい。
 野村総研の理事は「欧州の銀行などは」と言っているが、そうではない。「欧米の銀行を含めて日本の銀行は」というのが本当の所である。

まず、円相場が安定している場合を想定してみよう。
 金利の安い円をわざわざ買う者はいない。円を売ってドルを買い、ドルの高い金利を手に入れる。円相場は安定しているから、ドルで得た高い金利はそのまま利益になる。海外投資機関は、わざわざ円を買い、それをまたドルに転換して金利を得る必要などない。直接にドルを購入すればよい。したがって、円相場が安定している局面で、円売りドル買いに走るのは日本の投資機関です。
 また、海外投資機関にとっては、この局面で円を積極的に保持する必要はなくなり、為替差益をいったん確定するために円売りに出る。実需以外に円買いはしない。
 すでに円を保有していた海外投資機関と、それに数倍する日本の投資機関とが、円売りに出るのがおわかりでしょう。
 次に、円の水準が変動しないのではなく、円安に進む局面を想定しよう。
 この局面では、日本の投資機関はドルを買い、一定の円安進展後に円を買い戻すことで、差益を得る。ところが、海外投資機関にとっては、このメリットは殆どない。上記の安定局面ですでに円を売っており、今新たに円を買っても利益にならない。1ドルで120円を買い、1ドルが130円になった時にドルに戻せば損をする。円安によって為替差益を得るゲームには参加するメリットがなく、売る円はすでに売ってしまっているのです。
 したがって、円キャリートレードは、日本の投資機関が主として担っていると読むべきです。
 1200兆円という桁違いの預貯金を持つ日本の「過剰流動資本」(過剰資本と読むべき)は、国内の経済不振もあって行き場(運用先)を失い、ASEAN諸国に集中的に向かい、この地域で再びバブル(過剰投資と不良債権)を産んだのです。
 この地域への投資の6割が日本からのものであると報じる統計もある。これが、再び不良債権化したのですから、日本の銀行の株価が軒並み下がるのは当然の帰結です。
 株価が下がればBIS規制をクリアーできなくなり、貸し渋りがおこるのもまた当然であり、現在株価は邦銀にとってかろうじてBIS規制をクリアーする平均株価とされる1万4000円をかろうじて維持している綱渡り状態になっている。
 次に三和銀行調査役の言を正確にしてみよう。「米国市場に向かった」というのは正確ではなく、米国金融市場でトレードされているというのが正確なところです。
 その原因は、東京の市場の手数料が高いことが第1。第2に、円を買うのではなく、円を売るのである以上、東京以外の市場の方が便利なこと、そして最も大きな理由でもある第3の理由は、米国金融市場の金利が高いという点です。
 米国経済が飛躍的に発展しているのであれば、7%という高い金利を維持することは可能であり、妥当でもある。しかし、そうではない。米国はバブル崩壊後、徹底した倒産とリストラ、解雇を行い、失業率を倍増させ実質賃金を下げることによって、かろうじて国際競争力を回復し始めたというだけのことにすぎません。したがって、米国金融市場において、高金利を維持するためのゲームが再び行われていると見るのが妥当です。ニューヨーク株の止まることをしらぬ独歩高の根拠はここにあります。
 再び米国においてバブルがはじけるしかない。これが、過剰になってしまった資本の運動の必然です。

3. 梶山に見られる民族主義

 自民党の梶山は、「投機を目的とした海外投機筋によって日本売りが始まった、ユダヤに日本がやられてしまう」と声高に叫び始めた。
 確かに、国家を持たなかったユダの民が利子生み資本の運動に先鞭をつけたが、それは資本の運動の必然であって、ユダの民のせいではない。今日では日本の貨幣(利子を目的とする資本)の方が金額的には大きくなっていくだろう。
 梶山には、グローバル・スタンダードという名の利子生み資本の運動を、たまたまユダヤ人資本家が人格的に体現していることが多いということだけが見え、利子生み資本の運動については全く理解できていない。がゆえに混乱し、自らが資本主義の擁護者であり信奉者であることを忘れ、民族主義・排外主義を叫べば何とかなるかのように錯覚しているのである。

4. 日本の金融市場の自由化=日本版ビッグ・バンの幻想

 1〜3で述べた混乱および不況は新自由主義=グローバル・スタンダードという名の、利子生み資本にとって好都合の諸条件の採用(規制緩和という名の規制条件の変更)=政策を採れば解決するかのごとくに吹聴されている。
 だが、そうではない。
 このことは、金融ビッグ・バンという一部分を見てすら分かる。
 ニューヨーク、ロンドン、香港はすでに金融市場のグローバル・スタンダード化をなした。したがって、金融取引はすでにここに移っている。手数料が高く、外国人の知らない規制や商習慣や裏取引があり、企業情報がオープンでない東京を避け始めて久しい。
 だから、東京市場を保持しようとするなら、グローバル・スタンダード化する以外にはないというわけだ。だが、こうしたところで、それはすでに4番煎じであり、すでにニューヨークやロンドンに移ってしまった取引を呼び戻すことは難しい。よしんば取り戻せたとした所で、それは東京を潰すことによって利益を得たニューヨークやロンドンの利益の吐き出しに過ぎず、ビッグ・バンさえ行えば繁栄するというわけではない。ロンドンがおいしい思いをしたからといって、4番煎じがおいしい思いをするというわけではないのです。
 したがって、問題は過剰化した資本、国際的に流動し、利益が最も上がる所に集中し、それゆえ必ず「過剰流動性」という性格を帯びる資本=利子生み資本の問題に戻るのです。流動性の過剰さを嘆いて、これをコントロールしようとしても無駄な抵抗というものです。
 資本主義は現在、利子生み資本の運動に「翻弄」され、株価は乱高下し、バブルが不断に発生し移転し、これをコントロールしようとするいかなる試みも受け付けないという所に来ている。ケインズ主義者は権威を失っている。が、ケインズ主義からする結論は世界銀行・世界政府樹立以外にはない。この理論的帰結の前にケインズ主義者はおののき立ち止まり影響力の全てを失った。新自由主義者は利子生み資本の運動に翻弄され続ければ何とかなると考えている。考えてそうしたというよりは、利子生み資本の運動が要求する事柄にすなおに従う以外にないから物理的に従っている。




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